渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ

元祖「六本木で働くデータサイエンティスト」です / 道玄坂→銀座→東京→六本木→渋谷駅前

企業に移って5年が経ちました

月日が経つのは早いもので、かつてボンクラ研究者だった僕が企業(そしてインダストリー*1)に移ってからちょうど今日で5年が経ちました。インダストリーに移ってからのこの5年間で様々なことを体験し、あるいは見聞し、あるいは決断したりしてきたわけですが、良い区切りなので自分にとってのマイルストーンとするためにも、ここでこれまでの5年間を振り返ってみようと思います。

Disclaimer

以下に体験談もしくは見聞談として記載されている内容は、特に断りがなければ自分自身の複数の体験や見聞及び同業の友人知人からの見聞をマージして一般化したものであり、過去現在の個々の特定の所属先における特定のエピソードや職務内容及び特定の個々人のエピソードなどを意味するものではありません。またここで述べられている意見はあくまでも個人の主観的な意見であり、いかなる特定の企業・組織・機関も代表するものではありません。

この5年間に体験してきたこと


詳しい経緯は上記の記事に書いてありますが、ちょうど5年前に前々職に入社しました。ところが任期付きポジション暮らしが嫌になって企業に転じたにもかかわらず、その後さらに2回も転職することになったというのは皮肉もいいところだなと自分でも苦笑いせざるを得ません(笑)。なお現在の職場はLinkedInプロフィールに書かれている通りです。


僕の研究者時代の専門分野*2はインダストリーのどの分野ともほぼ無縁だったため、実際にこれまで勤めたことのある企業のいずれにおいても、実務ではただの一度もその専門を活かす機会に恵まれたことはありません。況んや、研究者時代に積み重ねたキャリアがインダストリーで何かのプラスになったこともありません。


故にインダストリーに移るということは、僕にとっては文字通りゼロからの再スタートでした。その意味において、この5年間は本当に多種多様な新しい体験をしてきたと感じていますが、以下に自分の中で最も印象的だった事柄たちをカテゴリ別に分けて書いておきます。若干内容がちぐはぐなのはご容赦下さいということで。

ビジネスの現場でデータ分析に取り組む

これは言い換えると、データ分析でビジネスを「科学する」というお話。データ分析特に統計分析や機械学習システム構築といったソリューションをビジネスの現場に持ち込む場面で、どんなソリューションなら良いのか・そのソリューションの質を担保するにはどうするべきか・どうやったらそれらを実際に現場に持ち込めるか、という総合的な取り組みとして試行錯誤し続けることがこの5年間のほぼ全てだったのではないかと感じています。

知的好奇心の充足とビジネス課題解決とのバランス

この5年間は、自分自身の知的好奇心を満足させることとビジネス課題を解決すること、という必ずしも相反しないものの意外と両立の難しい二者のバランスを取ることに腐心し続けた期間でもありました。どちらかと言うと「自分の知的好奇心を充足し得るようなソリューションがそのまま当該ビジネス課題にとってのベストソリューションになり得る」もしくはその逆の「ビジネス課題を解決しに行くに当たってベストソリューションを探索したらそれがそのまま自分の知的好奇心を満たし得る代物になる」ような局面をいかにして先んじて見付け出すか、そしてそこでいかにしてビジネスとしての成果を挙げ、同時にどれだけ面白く仕事をやれるように工夫するかというところが鍵であったように思います。


その意味では、データ分析の仕事はインダストリーに移った僕にとっては天職だったのかもしれません。統計学機械学習を学んでは、それらに基づいたソリューションを仕事に持ち込むことで知的好奇心を満たしつつビジネス上の成果を挙げ、それを機にさらに仕事の場を拡大していく。。。当然うまくいく時もあればうまくいかない時もありますが、そういうサイクルの繰り返しで仕事が広がっていくのを体感できるのは何物にも代え難い醍醐味です。

実務データへの適応

少し具体的なこととしては、研究者だった時分はデータというのは基本的にはある程度統制された条件下で行われた実験によって得られるものだったのですが、インダストリーに来てからは「条件統制一切なしで勝手に他の誰かが取ってきたデータ」「他の目的でこちらが意図しない条件統制が行われた上で計測されたデータ」「条件統制をかけたつもりだけれどもこちらが想定しなかった交絡要因が混じったデータ」のオンパレードなので、どのデータを見ても交絡要因まみれ変量効果まみれで訳が分からないという感じなんですよね。おかげさまで、長周期のアウトプットで良ければ統計モデリングやりつつ様々な方法を用いて交絡要因や変量効果をバランスさせる、さもなくば特徴量エンジニアリングしてその辺を解決した上で機械学習にぶち込んで短周期でアウトプットを叩き出す、みたいな仕事ばかりが上手くなりました(笑)。いつまで経っても新たな手法を学び続けなければいけない所以でもあります。

学術・技術的なスキルの習得(統計学機械学習etc.)

個々の技術という点では、このブログでも散々炎上ラーニング(笑)を交えて強調しているように「とにかくどれほど薄くても良いから広く」学んでいくようにしてきました。いかな情報系の学部出身といえども、10年以上離れていたせいで統計学機械学習の進歩から完全に取り残されてしまい、浦島太郎状態でゼロからのやり直しを迫られたわけで。。。まずは手数を増やさないことには始まらないという側面もありました。


また、そもそも企業に来るまでは実験科学系のデータ分析手法にしか通じていなかったので、それ以外の統計学機械学習を駆使する分野のバックグラウンドを学ぶ必要もありましたし、今も勉強中です。色々なところでコメントしているのでご存知の方も多いかもですが、最近は特に計量経済学と社会実験に関連する分野の勉強をする機会が増えています。さらにこれまでに何度も強調しているように、数学が大の苦手なので数理的基礎については今でも笑われるくらいの初歩レベルから勉強しなければならないケースもままあります。


ちなみに参考までにこの5年間で学んできたものを思い出せる範囲でザッと挙げていくと*3

と言ったところでしょうか。いずれもまだまだ本当に上っ面の中の上っ面しか学んでおらず、いつまで経っても素人に毛が生えるか生えないかの域を出ていないので、今後も理論・数理的基礎問わず少しずつでもより深く学んでいかねばと思っています。基本的にはオープンデータセットだけで座学をやるが如く学ぶのではなく、とにかく業務で用いる実データセットにも積極的に応用してその結果を見ながら学ぶということを重視しました*5。おかげさまで、とりあえず実務上の課題に対して「この課題に効果的な手法を知らないので取り付く島もない」みたいな事態だけは必ず避けられるようになった次第です。その代わりどんな仕事からも逃げられなくなったとも言えますが(笑)。


「とにかくどれほど薄くても良いから広く」というスキル習得の方針は、ともすれば器用貧乏や「何でも来いに名人なし」みたいなことになりがちですが、個人的にはキャリア構築という点でも非常に有益だと思っています。理由は簡単で、それだけデータ分析の守備範囲を広くしておけば、どんな現場にあっても確実にデータ分析の仕事にありつくことが出来るからです。


例えば同じ会社の中でありながら、ある現場ではDeep Learningを駆使したCRMシステムの構築が必要とされている一方で、別の現場ではベイジアンモデリングを駆使したマーケット分析が必要とされているというようなケースでも、上記のスキルセットならある程度どちらにも対応できることになります。言い換えるとそれだけ活躍の場を得やすいということです。


世の中は割と非情なので、例えばそれまで機械学習システムの内製開発をやってきた会社でも「社外の有力技術パートナーと大口契約を結んだので内製は今後やらなくなった」という話が突然降ってきて、社内の機械学習エンジニアの行き場がなくなるなんてことは珍しくありません。そういうケースでも、スキルセットの守備範囲が広ければ直ちに別のデータ分析の仕事にあり付くことができるというわけです。活躍の場を増やすのみならず、サバイバルという点でも守備範囲を広く保つことは大切だと思っています。

Scalabilityを確保する

全体の戦略という意味では、インダストリーに移ってきた頃から一貫して、統計学機械学習に長じたチームメンバーを新たに迎えたり、もしくは初心者のチームメンバーに統計学機械学習のトレーニングを行ったりすることで、僕自身が手を動かすだけでなく他の人たちにデータ分析業務を担当してもらって自分はそれをsuperviseすることでより多くのデータ分析業務を回すというやり方も取り入れるようにしています。いわゆるscalabilityを考えると、このやり方はもっと積極的に拡大しても良いのかもと考えているところです。


もちろん、そもそも論としてデータ分析を家内制手工業が如く小ぢんまりとやるのではなく、システム化してもっと大規模に効率よくかつ再現性高くやるという意味でのscalabilityについても検討し、実際にシステム開発へと移行させる機会も多いです。

正直であれ、再現性と汎化性能を高く保て

実はインダストリーにやってくるまでは、企業でデータ分析の類をやる場合は「依頼主が喜ぶような結果」が求められるもので「不都合な結果」は隠蔽するか改竄するのが常なのかなぁなどと勝手に思い込んでいたのでした。研究者時代の僕は馬鹿正直にポジティヴ・ネガティヴどちらの結果もきちんと集める方だった*6もので、ネガティヴなデータは無視するとか改竄するみたいなことはたとえ仕事でもやりたくないなぁと思ったものです。


ところがどっこい、インダストリーにやってきてみたら全然そんなことはなかったわけです。何故なら、インダストリーにおけるデータ分析は原則として必ず「続き」があるわけで、single shotで分析をやって終わりなんてことはなく、必ず分析した結果として何かしらのアクションがなされて「検証」されるんですね。例えばコンバージョン数のlift upに貢献する因子を特定するモデリングを行なった場合は、その因子を特定した上でビジネス面での施策としてその因子に介入を行い、数週間とか数ヶ月してから実際にコンバージョン数が上がったかどうかを検証して、最終的にその施策を是とするか否かを決めるわけです。


故に、例えば依頼主に良かれと思ってウソの分析結果を返すなんてことは、それを信じた依頼主が誤ったビジネス上の意思決定を行ってしまったら却って損害を生じさせかねないわけです。ある因子がコンバージョン数のlift upに貢献するというのでそこにテコ入れしたら逆にコンバージョン数が減ってしまった。。。なんてことになったら目も当てられません。まさに言語道断でしょう。


この「必ず続きがあって検証される」という文脈からは、データ分析の結果レポートであれば高い再現性が必要であり、モデリングであれば過去(訓練)データだけではなく未知(テスト)データに対してもフィットするように汎化性能を高く保つことが求められるとも言えると思います。あくまでも今後のビジネスアクションに貢献することが目的だと考えれば当たり前の話ですが、先に例示したような「後々の検証」が必ずしもなされなかったり、ネガティヴな結果を受け入れたがらないのが平常運行の現場や業界や分野ではそうでもないという話も聞くので*7、今後も厳に自戒し続けたいと思っています。

データ分析そのものに関する啓蒙活動

そして、インダストリーの現場でデータ分析を活用していく上で最も重要だと思われるのが「啓蒙活動」。何だかんだで、どれほど先進的な統計学機械学習を駆使したデータ分析であっても最終的にビジネス課題の解決のために実際に用いられなければ意味がないし、何よりも勿体無い限りです。そのため、データ分析チーム以外の部門の人々に「何故データ分析が重要なのか」「何故統計学機械学習が有用なのか」を説いて回るような活動も継続して行なっています。これによって仕事の範囲が広がることも多いので、完全にただのボランティアになるケースもままありますが、自ら進んでやるようにしています。

データサイエンティストを初めとする様々なデータ分析関連ブームとたまたまキャリアが重なったという幸運

正直言って、こうして楽しくインダストリーの仕事をやれているのも単にビッグデータ・データサイエンティスト・人工知能ブームにちょうど乗っかることが出来てラッキーだっただけと言ってしまえばそこまでなんですが(笑)、まぁ運も実力のうちということにさせてください。


実際、僕が前々職に転職して当時のCTOから「尾崎さんはData Scientistってことでいいよね」と言われたのは2012年の6月のこと。"Data Scientist is the sexiest job of the 21st century"とHarvard Business Review本誌でうたわれたのがその年の10月のことで、HBR日本語版に邦訳記事が出たのは翌年2月。僕はまさにデータサイエンティストブーム前夜の頃にまだ海の物とも山の物ともつかない「データサイエンティスト」の肩書きを与えられてインダストリーに参入し、以後そのブームの中ずっとキャリアを歩んできたことになるわけです。


そしてこのブログの複数の記事で論じているように、残念ながら日本国内でのデータサイエンティストブームは様々な理由によりほぼ衰退しかけている有様ですが、その前から続くビッグデータブーム、さらには2016年から本格化した人工知能ブームもあり、データ分析に関わるビジネスは増え続ける状況にあります。


僕個人としては草の根から地道にデータ分析の流行を支えるというスタンスでずっと仕事もブログもやってきておりますが、非常に幸運なことにこれまでのところはその姿勢がある程度実を結んでいるようで、ビッグデータ・データサイエンティスト・人工知能の3つのブームにうまく乗っかる形でキャリアを発展させてこられているようです(どのブームもただのバブルっぽい感じはありますが笑)。少なくとも2012年10月当時に初めてHBR本誌の記事を見た頃に想像したよりも遥かに、各種データ分析が社会の津々浦々で求められるようになってきていると感じていますし、そのニーズに沿う形で僕の仕事の範囲も少しずつながら着実に広がっているという実感があります。


今後もある程度の流行り廃りはあるものと思いますが、個人的にはデータ活用に関わるもろもろのニーズはこれからも息長く続くと予想していますので、これからもそれらのニーズを可能な限り捉え続けられるように陰に陽に努力し続けていくつもりです。

転職活動のやり方を覚える

「こんなものを挙げるな」とご立腹の方も出そうですが(笑)、もう少しちゃんと書くと「自分の意思でキャリアを変える方法を身に付けた」という方が妥当かもしれません。なお予め断っておきますが、余程のことが仮にあったとしても現職から動くことは当分ないと思います。実際、最近やってくる勧誘メールの大半が「お前は動く気は全くなさそうだから代わりに誰か優秀な友人知人を紹介してくれ」という文面だったりします*8

何故それが重要なのか

そもそもインダストリーにやってきた理由が「これ以上研究者としてのjob ladderに留まっていてもキャリアの向上を期待できるとは思えなかった」*9というものであり、実際にそこでjob ladderの切り替えを敢行したのが5年前の転職だったわけです。故に、それ以降も何かしらの理由で自分の力だけではキャリアの向上を望めなくなるような局面が発生した時に備えて、いつでも転職できるような態勢を常時整えるのが習い性になったのでした。


企業の世界でもそういう局面は幾らでも起こり得ます。人事異動、組織改編、ガバナンスの変更、レイオフ、果ては会社ごと買収とか最悪の場合倒産などなど、自分がいかに努力してもそれまでのキャリアの方向性を維持できなくなるケースは沢山あり得ます*10。しかも、自分にとっては良くないことであっても会社全体にとってはその方が良いというケースも少なくありません。そういう事態に直面した時に、自分の思い通りのキャリアを実現できる機会と環境を求めて外に向かって動くのは合理的なことだと思います。特に2010年代以降はtech業界を中心にエンジニアの転職が当たり前という風潮になってきており、それ以前に比べて転職は格段にやりやすくなったと聞きます。

何を準備すれば良いのか

僕自身に関して言えば大したことはやってません。やることと言えば、LinkedInやその他の転職サービスのプロフィールを(LinkedInなら英語で)細かく書いておいて常にアップデートして最新に保ち、LinkedInでコネクト申請してくる首狩り賊ヘッドハンターやリクルーターとは面倒臭がらずに繋がり、後は彼らから掃いて捨てるほど舞い込んでくる勧誘メールをあえてゴミ箱に入れずに目だけ通して取っておくだけです。


そうすると、「今このタイミングで自分に幾らの値段(提示年収)が付くか・自分がどんな仕事にありつけるか」という自分の「市場価値」をそれらの勧誘メールの内容から見積もることが出来ます。現時点で転職することで得られるもの、逆に失うもの、などなどを常時モニタしつつ同時に今現在の自分の状況とを見比べることで、「動くべきか動かざるべきか」を考え続ける。難しいように見えるかもしれませんが、慣れてしまえば大したことではありません。その材料だけは常時手元に置いておいて、いざ動いた方が良いかも?という局面に出くわした時にそれを参照すれば良いだけのことです。


そしてもし「いざ転職したとしても得られるものに乏しい」と分かったとして、それが自分のスキル不足や経験不足に由来すると思われるようなら、それらを積み増すような努力をしていけば良いのです。その努力の結果として現在の職場における自分の評価が上がり、結果的に転職する理由がなくなるなんてことも珍しくありません。自分の市場価値を知ることは、取りも直さず今の自分の仕事と働きぶりを向上させる動機にもなり得ると信じています。


そうそう、転職する上でも前提になるのが「転職活動してどこか良いところに採用されるに足るだけの『何か』を持っていること」。基本的には「普遍的でportableな(社内外問わず通用する)スキル」と「そのスキルに関連する実務経験」です。これは普段の業務がそれらを重視するものであれば特に普段通りに努力していれば良いかと思いますが、そうでない場合には私的な時間を利用して勉強したり、場合によっては資格を取るといった+αの努力が必要になることもあります。

いざ転職したいとなったらどうすべきなのか

ちなみに言わずもがなですが、本気でいざ転職したいと思ったらまずやるべきことは上述のLinkedInなりその他の転職サービスのプロフィール欄に「今すぐ転職活動を始めたい」旨を明記することです。これだけで本当に面白いくらいヘッドハンターやリクルーターからの勧誘メールが掃いて捨てるほど舞い込んできます(笑)。大事なことは「現職よりも待遇で劣るところは原則として選ばない」「できるだけ良い条件の勧誘が来るまで辛抱強く待つ」ことかなと。自分自身の体験及び友人知人の話を聞く限りでは、慌てて目の前の話に食い付くのは良くないようです。


そしてこれぞという求人を見つけたら、それを持ちかけてきたヘッドハンターやリクルーターと電話や対面の面談で話をし*11、具体的にどれくらいの待遇のどのような業務内容の職になら就けそうかを吟味していくことになります。もちろん、特に転職を考えていない状況であっても自分の市場価値を探るために彼らと直接話をすることも有意義だと思います。そこで話が進めば実際に企業に応募して正式な採用面接に進むことになります。ヘッドハンターもリクルーターも改まって正式に頼めば応募手続きを取ってくれるので、後は彼らに任せるだけです。


余談ながら。意外に思う人が多いかもしれませんが、実はこのブログ(そして英語ブログも)は転職の際に直接役立ったことはないようです。しかしながら、このブログのおかげで多くのデータ分析業界の優秀な方々と交流を持てるようになったのは間違いありませんし、その人脈が役立つという場面はあったようです。今後も見聞を広め、多くの優秀な方々との交流を持ち続けるためにも、細く長くこのブログは続けていくつもりです。

企業に来て印象的だと感じたことなど

以下3点に分けて述べることは、新卒で普通に企業就職したいわゆる普通の社会人(企業人)の方々にとっては「何を当たり前のことを言っているんだ?」と思われることかもしれませんが、アカデミック業界からやってきた僕にとってはいずれも大いに印象的なことでした。5年前の初心を忘れないように、改めて以下に書き出しておこうと思います。

企業に来て変わったこと・変わらないこと

まず、当たり前ですがやはり企業で働く以上は何かしらのパフォーマンス水準をターゲットとして働くことになります。しかもそれがかなり具体的で「売上いくらいくら」「利益いくらいくら」「受注件数いくついくつ」「担当プロジェクトいくついくつ」「個々の担当プロジェクトの進捗率」というように数値として課せられることが当たり前になりました。とは言え、それらのターゲットは例えば「NIPSに毎年必ず1報通す」みたいな不確定要素の強いものではないので、ある程度事前にパフォーマンスの現状推移が見えていれば途中でリソースを投入してテコ入れしたり、逆に他のプロジェクトを応援しに回るみたいな動き方もあり得るわけです。


そういう意味で言うと、これまた当たり前過ぎる話ですが「ビジネスの側面から見て何かしらのインパクトもしくは価値を生み出すこと」を優先する、というのも企業に来てから身についた姿勢です。これは冗談でも何でもなくて、研究者の立場だと「学術的に意義があること」「技術的に高度な取り組みであること」を最優先にしたくなってしまいたくなりがちですが、企業で求められることはそれが金銭的利潤に関連しようとしまいと「ビジネスに貢献し得ること」というのが第一義なので、言い換えると平易な手法でも目の前のビジネス課題のソリューションとして最適で尚且つ低コストなら高度な手法よりもそちらを選ぶべきだと言うことなんですよね。個人的には、これは意外と慣れるのに時間がかかった思い出があります。


他にも研究者時代と比べた場合の大きな違いとして「仕事の大半がチームプレー」というのがあります。いや、研究者だってある程度はチームプレーの世界だと思いますが、企業に来てからはかなり徹底した分業体制のもとで動く局面ばかりです。例えば僕の場合はエンジニア系のデータ分析チームで働くことが多いので、例えばデータを取ってくる人、データをまとめる(前処理する)人、データを分析する人(僕)、チーム外にコミュニケーションする人、全体のプランをまとめるマネージャー、というように細かく分かれていることが通例です。チームプレーへの貢献度が評価指標となる現場も中にはあるため、「いかにしてチームを良くしていくか」がパフォーマンス・ターゲットと同じくらい重要になることもあります。


後は、仕事のサイクルが「早くなった」ということ。ここでいう「早い」をどう捉えるかは人によって異なると思いますが、最速なら当日中もしくは翌日朝イチ。急ぎなら2-3日。やや急ぎなら1-2週間。普通は1ヶ月。少しのんびりして1四半期で、長期的な取り組みで半年。研究者だった頃は年に2〜3回の国際会議をマイルストーンに置いていたので、僕個人の中ではだいぶ仕事のサイクルやペースが早くなったなと感じています。それに応じて、例えば新しい知識や技術を学ぶ際にも出来るだけ簡潔に要点を押さえて迅速に済ませるような習慣が付きました。


一方、上記の通り相変わらず「科学する」ことを仕事にしているので、実は働く雰囲気としては研究者だった頃とあまり変わらないです。嫁さん曰く「相変わらずいつも技術書か論文読んでていつもPCで何かコードを書いてデータ分析を回してて何が以前と違うのか分からない」だそうで(笑)。個人的にも科学者として「科学する」という営み自体は同じままで、後はアウトプットが論文になるかビジネスソリューションになるかの違いぐらいだという認識です。あえて言うなら、上記のように幅広く学び幅広く手掛けるような感じなので、科学者というよりは「何でも屋」と呼ばれるのが正しいかもしれません。

企業に来て良いと思ったこと・良くないと思ったこと

仕事という意味ではやはり「自分のやったことがビジネス・世の中・社会に具体的に反映されるのを目の当たりにできる」点が、企業に来て良かった点かと。研究者だった頃は極端な話「世界中で自分だけがこれを突き止めて満足している」みたいな究極の自己満足にして自己完結みたいなこともままありましたが、インダストリーでの仕事は多かれ少なかれ何かしらの実ビジネスに影響を与えるものなので、その結果が目に見える*12ことも少なくないです。達成感が直に得られるのはなかなかに良いものです。


また上記の話の言い換えに近いですが、「自分のためだけではなく他の誰かのために仕事をする」ようになった、という点も個人的には大きいです。自分の仕事が良い結果を残せば喜んでくれる人が自分以外にいる、仕事の達成感が自己満足の域に留まらない、という意味では精神衛生面でも非常に良いと自分では思っています。


環境という意味で言えば、企業の方が待遇も福利厚生も良いです。待遇に関してはググれば大体分かることなのでここでは割愛します(笑)が、勿論大いに満足できるレベルです。福利厚生も、例えば関東ITソフトウェア健保なんかだと組合員割引や特典がめちゃくちゃ沢山あるんですよね。高級リゾートに半額以下で行けたり、破格の安値で高級寿司を食べられたりします。またtech系企業だと各社とも様々な社内サービスを充実させており、僕もこの5年間で様々なそれらの福利厚生の恩恵に与ってきました。なおこちらの書籍やその書評・関連記事も参考になるかもしれません、ということで。


そして何よりもやはり良いと思うのが、各社が人材採用で競い合うことによってどこも面白い職務内容や優れた福利厚生を導入するようになってきていて、全体としてのそれらの水準が向上してきていることですね。今や優れた人材を採用したい、さらにはそういった人材に報いて自社に末長く居続けてもらいたいがために「やりがいのある技術的挑戦」や「高い報酬」や「そこまでやるか的な福利厚生」といった環境を企業が用意するのが半ば当たり前という風潮すらあります。これは我々雇われる側としては大変に喜ばしいことだと思いますし、今後もそういう流れが続くことを期待したいです。


ところで、「良くないと思ったこと」は正直言って個人的には皆無に等しいと思っていますが、あえて言うなら「博士(PhD)そのものに対する理解の乏しさ」でしょうか*13。こればっかりは現状では仕方ないことかなと。

企業に来て驚いたこと

一番驚いたのは、目標達成時の「ご褒美」が各社ともあることでしょうか。具体的な内容はここでは書けないことだらけ*14なので伏せますが、それだけ目標を達成するということの重みは大きいのだなと感じている次第です。


後は、純粋に業務用リソースが潤沢なこと。ここで言うリソースには予算も含まれますし、設備やマンパワーによる支援も含まれます。一番助かるのはやはり計算環境で、かなり重い計算でも(例えば)クラウドが使い放題だと非常に有難いです。その昔研究者だった頃、計算リソースを確保しながら安上がりで済ませるために自作PCをひいこら言いながら作って整備していた*15ことを思うと、隔世の感があります。

外資企業の話(ただしtech系に限る)

LinkedInプロフィールにもあるように、この5年間で僕は日系企業2社・外資企業1社を経験しています。そして、どういうわけか家族にも親戚にも友人知人にも外資畑の人が多く、おまけについに僕自身も外資企業に勤めるようになったので、実は個人的には特にtech系外資企業の実態については(自分で実体験してきた以上に)割と情報を持っていたりするという(笑)。


もちろん知ったかぶりをして長々と書けるほど外資企業に詳しいわけではないのですが、それでもある程度知っている範囲で外資企業(特にtech系に限る)というのはこんなところだというのを書いておきます。多分異論を沢山頂戴する羽目になるんじゃないかと思いますが、そもそも外資企業とは何ぞやというのはこのブログ記事の本論ではないので平にご容赦下さいということで。

組織構造・カルチャーの違い

ある程度一般化して書くと、やはり日系企業に比べると特にtech系外資企業は総じて組織構造がシンプルで尚且つ階層が浅く構成されているという印象を感じます*16。その分意思決定やアクションも早く、会社全体としてのスピード感を高く保っているように思われます。この点が普通の日系企業と比べた場合の最大の違いじゃないでしょうか。あとこれも割と有名ですが、1 on 1 (1:1)*17も比較的外資企業で盛んなカルチャーだと個人的には思います。と言うか、日系企業でやっているところを僕自身は今のところほんの数社しか聞いたことがないです。


俗に「外資はすぐ首を切る」*18と言われがちですが、この点は完全に各社まちまちなようです。実際には、本当に定期的に査定下位何%だかを問答無用で解雇するところもあれば、そもそも一度も明示的に業績を理由として社員をクビにしたことがないなんてところもあったりします。ちなみに業績不振でレイオフに踏み切った例を何件か当事者から聞いたことがありますが、それは日系企業でも同じことなので比べる意味はあまりないのかなと。


カルチャーという点で言えば、tech系であればやはりopennessが鍵になると思っています。つまり組織やチームごとに情報を閉じさせてしまうサイロ化を排し、出来る限り情報を広い範囲で共有して全てを透明化するような取り組みですね。日系企業だとともすると各部門ごとに情報を抱え込んで外に出さないみたいなことがままありますが、特にtech系外資企業だとその辺は各社とも口を酸っぱくして予防するように努めているようです*19


なお余談ですが、待遇というか給料は聞いている範囲に限れば外資の方が日系よりも高いです(笑)。理由は色々あるようですが、スタートアップですらも外資だとやはり高くなるというのは面白いなと思います。

英語

東京拠点における英語の要求レベルや使用度合いは、完全に各社ピンキリなようです。例えばメール・ドキュメント・ミーティングは原則英語のみというところもあれば、東京拠点では日本語でしかメールも回さなければミーティングもやらないというところもあると聞きます。前者であれば英語の要求レベルはかなり高くなりますし、後者であればそれほどでもないです。ちなみに僕自身は理研BSI時代に英語公用語環境を経験していて*20、メールやドキュメントやミーティングが全て英語という環境には元々慣れていたので、個人的には対応は楽でした。もっとも過去に何度も書いているようにリスニングが大の苦手なので、それに足を引っ張られることは今でも多々ありますが。。。


大抵の外資企業では年に数回は海外のどこかで全社員もしくはある部門全体で一同に会する総会もしくはカンファレンスのようなものや、同じroleの社員同士が集まるワークショップやトレーニングの類があるのが常で、そこでは英語によるコミュニケーション以外は許されない*21みたいなことになりがちです。東京拠点では英語はあまり使わないところもあるかもしれませんが、英語が一定レベル以上できるに越したことはないと思います。

東京拠点はただの出先機関

そして外資企業談義で必ず湧いてくるネタとして「東京拠点はただの出先機関か否か」というのがあります。これもまた完全に各社ピンキリで、tech系外資企業でも東京に純然たるR&D含む開発拠点やグローバル戦略拠点を持っているところもあれば、本当に末端のセールスと本国の本社へのレポートだけが業務というところもあるようです。非tech系の例えば金融系なんかでもその辺はかなり各社まちまちだと聞きます。ちなみにその度合いによって、上述の英語のレベルも変わってくるという側面はあると思ってます。


一方、tech系だと東京拠点をはじめ各国拠点から本国の本社へのtransferというキャリアパスを用意しているところが割と多く、実際にそれに乗ってシリコンバレー本社にtransferしたという人の話をよく聞きますし、またそれを目当てに東京拠点に入社したという人の話も聞きます。ある意味日本で就活(転職活動)しているにもかかわらず究極的にはシリコンバレー以下tech系の本場につながる貴重なルートであるとも言えそうです。


ただし注意しなければならないのが「東京拠点が出先機関ではなく重要拠点である場合はグローバルレベルでの組織の統廃合のターゲットになることが多い」という点。近年でも何社か大幅な統廃合や極端な場合レイオフを断行している事例を見てきているので*22、仕事が面白い分それだけリスクもあるのだということは知っていた方が良さそうです。

対外PR活動

実はこれはインダストリーにやってきてすぐの頃には想像だにしていなかったことの一つでもあります。勿論ボンクラ研究者だった頃はそれなりに論文を出すなり国内学会や国際会議で発表をするなりしていましたが、まさか企業ではそういう対外発表の類は機密保持の観点からも普通はやらないのだろうとてっきり思っていたのでした。ところがどっこい、このブログがきっかけになった部分もありますが(笑)、気付いたらかなりの対外PR活動をこなすようになってきています。


ちなみに現在はこの手の対外活動は抑え気味ですが*23、今後も何かしらの形でブログ以外の情報発信にも関わっていくことになりそうです。

外部講演

前々職在職時の2013年の4月に初めて社外向けセミナーに登壇する機会をいただき、それ以来公式・非公式(私的)を問わず頼まれたり自ら希望したりして登壇した公開セミナー・カンファレンスはザッと数えた範囲で15回以上に上ります。その背景として、一つには近年日本でもシリコンバレー的なtech系OSSカルチャーが広まるようになり、エンジニア同士の技術交流が盛んになったという側面もあると思います。また、各社とも技術力や人材登用を対外的にアピールするためにそれらに積極的に参加するようになってきたという側面もあるのでしょう。おかげさまで、多くのデータ分析及びtech系業界の方々と親交を結ぶ機会を得られましたし、それらの方々との交友関係は僕にとっては大きな財産となっています。


面白いところだと、何度か就活生・転職希望者向けキャリアイベントにお招きいただいてデータ分析業界の動向やキャリア構築についてお話しています。単純に業界の中で目立ち過ぎているだけという部分もあるかと思いますが(笑)、少しでもこの分野に興味のある若くて優秀な人たちを呼び込めたら良いかなと願っています。

メディア取材

個人的にはただのアラフォーのオッサンがメディアになんか取り上げられてもロクなことがないと思っているのでそういう話には全然興味がないのですが、恥ずかしながら2回ほどわざわざ指名でメディア取材を受けて顔写真入りの特集記事になったこともございます*24。1つ目は日経BPさんの取材、2つ目は東大新聞オンラインさんの取材です。こんなただの凡人でもこんな経験ができるのかー、というのが率直な感想です(笑)。ちなみにどちらも偶然なのか必然なのか、「博士→データサイエンティストというキャリアについて」というテーマでの取材記事だったりします。


他にもメディアというよりは正確には企画と言った方が良いのかもですが、レバレジーズさんからの依頼でweb解析の第一人者であり前々職時代の同僚でもある小川卓さんと対談イベントをやったこともあります。この時は別にRを用いたデータ分析ハンズオンも開催しました。

出版

また様々な対外PR活動がきっかけとなってご縁に恵まれた結果、技術評論社さんからは拙著を上梓させていただき(『手を動かしながら学ぶ ビジネスに活かすデータマイニング』)、また岩波データサイエンスシリーズでは刊行委員を務めるだけでなく一部執筆も担当する(『岩波データサイエンス Vol.5』)という興味深い経験もさせていただきました。これもまた企業に移る前には想像だにしなかったことです。


なお余談ですが、英語ブログも書いているせいで時々海外からも技術書の執筆の打診が舞い込んでくることがあります(汗)。さすがに僕には過ぎたる光栄どころかそもそも荷が重過ぎるので、今のところは全てお断りしている次第です。そもそも日本語で1冊本を書くだけでも半年仕事だったのに、英語で1冊本を書くとかどれほど大変なことになるか想像がつかないので。。。


博士ポスドクなど研究者は企業に移るべきか?


ところで、僕のところには少なからぬ数の博士ポスドクの皆さんから、それどころか時には任期付きはおろか任期無しパーマネントの大学教員や研究者の方からも「企業に移るべきかどうか迷っている」的な相談が舞い込んでくるのがここ数年常態化しているのですが。。。まだボンクラ研究者だった時分から存じ上げていたブログに、昨年のノーベル賞関連報道を機にこんな面白い記事が上がっていたのを知りました。

また、@さんのブログにもこれまた面白い記事があります。

既に5年に渡って民間企業で働いてきた身としては、どちらの記事も大いに頷ける指摘ではあります。しかしながら、詳しくは後述しますが「インダストリーに転じてうまくいくかどうかは完全にケースバイケースなので慎重に決めるべきだ」というのが今の僕の基本姿勢です。国や大学がどれほど博士ポスドクのインダストリーへの転身を支援しようとも、この考えは変わりません。ただし新卒博士と、海外の博士課程*25出身者に関してはちょっと話が違うのかなと。


そこで、「インダストリーに転じてうまくいくケース」「インダストリーに転じてもうまくいかないケース」「アカデミックに残る」の3ケースとそれに関連する諸々について、狭い範囲ではありますが僕の観測範囲での見聞に基づいて書いておきます。

インダストリーに転じてうまくいくケース

まず先にうまくいくケースについてコメントしておきます。と言っても大体のところは色々なメディア記事や資料で書かれているような話ばかりです。

新卒博士

まず新卒博士の企業就職は、他の博士ポスドクや研究者の企業就職とは根本的に話が違います。それは文字通り日本の新卒一括採用慣行に完全に乗っかった就活なので、何の問題もありません。特に近年は情報系*26の新卒博士の大手企業による優遇採用の話題を頻繁に聞きます。また日本企業に限らなければ、例えば海の向こうのシリコンバレー界隈のtech系企業に博士新卒インターンで入り、そのまま正式採用を目指すというのも良い手だと思います。若い人たちには是非チャレンジして欲しいキャリアパスです。

インダストリーで需要のある分野出身かつ配属先が当該分野の関連部門

では、そうではない博士ポスドク研究者の場合はどうでしょうか。はっきり言って、分野と配属先の部門によって話は異なると思います。以前であれば、薬学系の研究者は比較的製薬企業に移りやすいということでよく転職する話を聞きました。最近では昨今の人工知能ブームもあり、情報系の博士ポスドクやそれこそ任期付き・無し問わず大学教員がtech系企業に移るケースを頻繁に聞きます。もっとも人工知能ブームという点で言えばポスドクどころかテニュアの教授クラスが引き抜かれることすらあるご時世なので、他分野とは次元が違うのかもしれませんが(笑)。


言うまでもなく、出身分野と同じ業界の企業のガッチガチのR&D部門であれば博士ポスドク研究者でもそれなりに簡単に適応できるでしょう。アカデミックからインダストリーに移った後も、R&D部門で相変わらず普通に論文を書くなどアカデミックな活動を続けている人も少なくないです。けれどもそういう部門の求人は結局狭き門なので、最近はR&D部門以外の「論文を書かない」職種に転職する人が多いようです。その場合にうまくいくかどうかは、配属先の部門の担当業務やカルチャー、加えて当の本人の資質にもよると思います。


あえて明確に書くと「アカデミックでもインダストリーでも普遍的に通用するportableなスキル」の持ち主であれば、インダストリーに転じてもうまくやっていけるという印象があります。最近の流行りで言えばプログラミング、CS系諸分野の学識はどこに行っても概ね通用することでしょう。また個々の業界固有のportableなスキルに通じた人も同様だと思います。手前味噌ですが、統計学機械学習などはその好例でしょう。

Creativityが求められる職場・業務

一般に、PhDがビジネスシーン*27に進出した場合に期待されるものとして「問題解決能力」「情報整理能力」あたりが挙げられることがよくありますが、これらはどちらかというとcreativitiyを要求される仕事で大きくものを言うことが多いです。言い換えると、creativityを求められるような仕事を多く抱えている企業を選んで、そこに移ると博士ポスドク研究者の人たちは幸せに働けるんじゃないかと思います。ちなみに手前味噌なことを書くと、tech系企業にそういうところが多い印象があります。特にnon-R&D部門で働く場合にはここが最重要ポイントだと言って良いでしょう。

他にもPhDの社員が多い企業・部門

それから比較の問題ですが、やはり他にもPhDの社員を多く抱えている企業の方が、何だかんだで博士ポスドク研究者から入った場合は馴染みやすいです。もっと言うと、他にPhDの先任社員がいる部門に入る方が良いです。経験上、この2点はかなり大きく効いてきます。明らかに適応スピードが変わってくると思います。

「柔軟なメンタリティ」と「インダストリーでやっていくという強い意志と覚悟」

そしてもう二点大事なポイントがあります。それは「柔軟なメンタリティ」と「インダストリーでやっていくという強い意志と覚悟」。右を見ても左を見ても似たようなバックグランドを持つ似たようなPhDだらけのアカデミックとは異なり、インダストリーは多種多様な人材の集団です。それ故、博士ポスドクとしては過去に体験のない事態や環境に遭遇することの連続になりがちなもの。そこで狼狽えることなく、新しい環境に適応していけること、過不足なくコミュニケーションが取れること、その上で普遍的でportableなスキルを発揮していけること、ビジネスへの貢献を第一義とするマインドセットを持つこと、そして「ここで自分はやっていくのだ」という意志と覚悟が最も重要だと思います。これらが備わっている人であれば、何の問題もなくインダストリーに適応していけるはずです。


あと、言わずもがなですがR&Dかそうでないかにかかわらず、インダストリーで働くということは程度の差や内容のバラエティはあれども比較の問題で言えば「論文を書かない系の仕事」をメインに手掛けることになります。その文脈においては、論文という形以外のアウトプット*28であっても充実感や満足感が得られるようなマインドセットに変えていく必要があると思います。

企業に移るなら日系か?外資か?

これは結構前から言われていることなんですが、博士ポスドク研究者の就職口として「PhDは古典的日系企業のカルチャーには合わないので外資企業の方が良い選択である」みたいな言説を時々聞きます。


結論だけ書いてしまうと「外資だからと言ってPhDを優遇してくれるわけではない」*29。ではどうすれば良いかというと、日系とか外資とか気にせず「自分に合ったカルチャーの企業に行くべき」だと個人的には思います。上の方でも書いたように、一口に外資企業の東京拠点と言ってもその実態は各社まちまちです。これははっきり言って世の中一般の転職活動にも共通して言える当たり前のことですが、こと博士ポスドク研究者の企業転職というと兎角「PhDを優遇してくれそうなところに行きたい」というような安直かつ短絡的な発想になりがちです。そうではなく、きちんと個々の企業との相性を見極めてから行くべき、というのが僕の意見です。


あと「博士ポスドク研究者なら研究活動を通じて英語が出来るはず*30なので外資企業の方が良い」という話もよく聞きますが、ぶっちゃけ妄想かなと。上の方で例示した「英語の要求レベルが高い」外資企業の東京拠点の場合、エンジニアやスペシャリストないしリサーチサイエンティストなど技術的な仕事の比重が非常に高いポジションで入るならまだしも、それ以外のポジションでは英語圏での長期滞在経験のない日本出身者の英語は事実上使い物にならないと思った方が良いです*31

インダストリーに移るなら35歳までに移るべき?

まず、新卒博士ならこの点は特に気にしなくて大丈夫です*32。次に、僕が知り得る限りでは40代半ばになってからポスドクを辞して企業に転じたという例もあります。単純に可能性の話だけをするなら、35歳までに移らなければいけないということはないです。


しかしながら、いわゆる「プログラマー35歳定年説」「転職限界35歳説」がある通り、企業社会では35歳がひとつの転換点とみなされているのも事実です。特に企業だと35歳で既に管理職になっている人も少なくないですし、エンジニアなどの専門職であっても35歳なら大半が中堅どころを担う立場になっています。そこに未経験者を入れられるかどうかというと、必然的に「即戦力として見合うだけのスキルがあるかどうか」というようにハードルを上げるという話にどうしてもなりがちです。


インダストリーにおける転職全般の話としては、僕自身が35歳を過ぎてから2回転職しているように、「転職35歳限界説」は単なる幻想だと思っています。ただしそれはスキルに長じた経験者の話であって、未経験者は残念ながら依然として年齢を見られても致し方ないのかなと。


その点から言っても、もしインダストリーに移ろうと思うのであれば可能な限り35歳までに決断した方がbetterだと個人的には思います。参考までに書いておくと、僕は34歳で前々職に入社しています。

インダストリーに転じてもうまくいかないケース

基本的には先述の「うまくいく」ケースの裏側を見ればおしまいなのですが(汗)、一応コメントしておきます。なお大前提として、portableなスキルのない人やインダストリーでの需要に乏しい分野の人はそもそも殆どの場合うまくいかないと思って下さい。また概ね日本の大学の博士課程出身者を想定しています。

業界・企業のミスマッチ

よくある話として、「採用してくれる業界・企業ならどこでも良い」ということで就職先を選んだ結果として、「そもそも自分に合わない業界・企業に入ってしまう」というケースがあります。あまり具体的な話をすると問題が多いのではっきりとは書きませんが(笑)、伝統ある古典的日系企業が先進的なイメージを打ち出してきているのでそれにつられて入ってみたら、中身は実は相変わらず旧態依然でコッテコテの古臭いところだった、みたいなパターンですね。この辺はどれくらい業界情報を持っているかにもよりますが、間違ってそういう全く「合わない」業界に入ってしまうとつらいと思います。よって、たまたま合わない業界や企業に入ってしまったのであれば、さっさと転職するのが吉でしょう*33。もっとも、最初からそんなミスマッチにならないように十分に事前に調査しておくことの方が遥かに重要なわけですが。。。

スキル不足

一時期目に付いたのが「本人はスキル十分なつもりでも実はインダストリーで要求されるスキルレベルに達していない」ケース。特にtech系やデータ分析系の業界は日進月歩を通り越して秒進分歩というレベルでビジネス的にも技術的にも進歩しているので、要求されるスキルレベルもどんどん上がってきています。そういうインダストリー側の現実を全くサーベイせず、「研究の世界に比べたらサルでも出来るようなことしかやらない民間企業なんてチョロい」と馬鹿にして臨んだばっかりに、痛い目を見たというケースもチラホラ伝え聞きます*34

柔軟なメンタリティと覚悟に欠けている

他にも、時々聞くのが「すぐ功名心に駆られてスタンドプレーに走る」「チームプレーや周囲との連携が下手」「バックグラウンドの異なる同僚とうまくコミュニケーションが取れない」といったトラブルを起こす元博士ポスドク研究者たちの例。これはもう明らかにインダストリー向けのマインドセットがきちんと出来ていない証拠です。「いつまで経ってもビジネスに貢献するというマインドセットが身に付かない*35」「事あるごとに研究者だった頃の方が良かったと愚痴る」「あいつらは頭が悪いし学問の何たるかが分かっていないと同僚や上司の陰口を叩きまくる」「論文を書きたいのに会社が書かせてくれない(書くのを許さない)」が故に周囲と軋轢を起こす、みたいなのもよく耳にするトラブルです。


個人的な見解を述べると、上にも書いたようにやはり「柔軟なメンタリティ」そして「インダストリーでやっていくという強い意志と覚悟」の有無が大きいと思います。それがない人は無理にインダストリーに移ってもただのトラブルメーカーと化して悲惨な目に逢うだけかと。。。気付いたら人事異動で左遷されてたとか、最悪クビなんてことも。その場合はportableなスキルがあっても多分ダメです。

アカデミックに残った人たちの話

理研BSI時代に同じくポスドクだった友人知人でその後もアカデミックに残った人たちの多くは、実はここ3年ぐらいの間に定年制ポジションに就いています。早々にギブアップした僕を尻目に長い年数粘った人たちは、最終的にきちんと報われているのだという点も強調しておきたいと思います*36。ただし、僕が理研BSIに入所した10年前頃は定年制ポジションに就くのはもっと容易だった*37わけで、それだけ時代が下るにつれてキツくなっているのも事実でしょう。また、定年制ポジションに就くまでマイホームが買えなかった、結婚できなかった、もしくは定年制ポジションに就いたものの待遇や職務内容がとんでもなかった、みたいな話もチラホラ。。。そういう問題もあるにはあるということを書き添えておきます。


ちなみに上記の定年制ポジションにたどり着いた以外のアカデミックに残った人たちは、お決まりの通りですが今でも任期制ポジションで頑張っているようです。話を聞く限りでは、やはり任期制ポジションの待遇は年々悪化しているようで大変だなという印象があります。日本ではポスドクの口すら見つからないので海外でポスドクの口を探す、もしくは1箇所からの給与では足りないので2箇所に所属して両方から給与をもらって糊口をしのいでいる、というケースも昔より増えているとか。

身も蓋も無い話

これはどちらかと言うとポスドクからの転職組に顕著な話ですが、インダストリーに来た後もスキル不足のままでキャリアアップが出来ない人や、インダストリーに適応できず周囲から煙たがられて行き場がなくなる元ポスドクたちが最近増えてきていると漏れ聞きます。見聞する範囲では、やはりインダストリーでやっていくという強い意志と覚悟に欠ける人がそうなってしまうことが多いようです。


また、かつてはポスドクが高度人材採用の一環としてポテンシャルを見込んで企業に採用されることが割とよくあったのですが、新卒博士採用の拡大によってそのポジションも新卒博士たちに取って代わられつつある印象があります。その煽りを受けてポスドク採用にはかなり高いレベルでのスキルマッチングを要求する企業が増えてきているようですが、昨今の優秀でスキルレベルの高い新卒博士をターゲットにした採用の増加でその高スキル人材向け枠すらも奪われつつあるようです*38


そして僕自身の話で言えば、基本的にインダストリーでPhDという肩書きが仇をなすことはあっても役に立ったことは殆どありません。冒頭に述べたように、研究者時代の専門分野はインダストリーではほぼ全く需要がなく、あまつさえ「研究者上がりなのできっとビジネスは出来ないに違いない」などという偏った先入観を持たれる理由になることすらありました。少なくとも自分のキャリアに関する限り、PhDを持っているからキャリア的にうまくいったという因果関係は全くないです。


そう言った現状を踏まえ、「研究人生に恵まれないポスドクもインダストリーに移ればハッピーになれる」などという単純なサクセスストーリーを無責任に振りまくのは、個人的には今後は控えようと思っています。究極のところインダストリーはビジネスの世界なので、第一義的にビジネスパーソンとして戦っていける人間でないと生きていけませんし、PhDという肩書きはそれ単体では何も保証してくれないのです。僕のキャリアがうまくいっているように見えるのだとしたら、それは多分単に僕は運が良かったというだけのことです。


「任期制で人生先行きが見えなくて不安」「待遇が劣悪で生活が成り立たない」「今後は予算が増えないと聞いてお先真っ暗」「雇い止めで次年度からの職がない」「大御所に睨まれてどこにも行き場がない」「研究が行き詰まってにっちもさっちもいかない」などなど進路のことで悩んでいる人は少なくないようですが、何だかんだで好きでやりたいことだけをやって生きられるというのはそれ自体が素晴らしい贅沢だと思います。安易にキャリアチェンジしないというのも、また一つの人生の選択なのではないでしょうか。


最後に


色々書きましたが、気が付いたら訳の分からないけもの道みたいなキャリアをずっと積み重ねてきたわけで、正直言って「仮に全く同じスペック&条件&環境で今から生まれ変わって同じキャリアをやり直してみろと言われても絶対にやり直せない」自信があります(笑)。しかも、インダストリーに転じて以降の転職活動では2回とも1社からしかオファーを貰えていないので、完全に運任せで流されているだけというおまけつき。


そう言えば、僕と似たような経緯のキャリアの持ち主の海外の方による回顧録的記事が以前あったのを思い出しました。

この方の記事はもっと冷静でしかもdata drivenだと思いますが、同じことをやっても面白くないなぁと思ったので僕の記事の方はもっとエモいポエムにしてみました(笑)。未来のことは勿論分かりませんが、少なくとも今のところは僕のインダストリーでのキャリアは運任せながらも何とかうまくいっているようです。


過去2回の退職エントリでも書いていますが、インダストリーに移って以降の僕のキャリアは多くの理解者の方々並びに多くの同僚友人の皆さんに支えられて、今に至っております。「周回遅れでやってきた新入社員」だった身としては、皆さんの助けがなければここまで来れることはなかったでしょう。ここでは個々にお名前を挙げるのは控えさせていただきますが、皆さんには本当に心より感謝しております。これからもご指導ご鞭撻を賜れれば幸いです。


そして最後にもう一つ大事なことを。私事ながら、この大きなキャリアチェンジを共働きしながら支えてくれた嫁さんには本当に感謝していますし、頭が上がりません。嫁さんから叱咤激励されながら「一つのところで最低でも5年は働け」と言われ続けて10年、実は5年働いたところはまだ理研BSIしかないんですが(汗)、おかげさまでようやく少しは落ち着けそうかなと。時々ブログ記事にしていますが、夫婦で出かける海外旅行が2人にとっては最高の命の洗濯ですね。これからも嫁さんと二人三脚で頑張っていく所存です。


ということで、けもの道を無心に歩み続けた5年間を長々と振り返ってみた次第です。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

*1:ここでは「企業社会」「産業界」ぐらいの意味です

*2:ヒト認知神経科学

*3:分野のまとめ方に一貫性がないのはご容赦あれ

*4:Sparkはタイミングを逸したので勉強しそびれました

*5:勿論ブログ記事には一語も書いていない部分です

*6:この辺が研究者時代から統計学の勉強に力を入れていた所以でもある

*7:例えばこの辺の議論とか

*8:その煽りで僕がヘッドハンティングの二次仲介をタダでやっているような状況になることも(笑)

*9:もちろんボンクラ研究者から抜け出せなかった自分が悪いんですが

*10:これらの中には僕も実体験したものがありますし、親しい周囲の人々が遭遇したものもあります

*11:近所のカフェに呼び出して直に話をするとか。特に外資系ヘッドハンターだとここで英語でやり取りするとより具体的な話が聞けたりする

*12:例えば自分がデータ分析による最適化を担当したプロダクトがお茶の間に登場するなんてこともある

*13:「勉強が好き」とか「何でも知っている」とか、実害があるパターンだと「評論家のようなことしかできない」みたいな先入観を持たれるとか

*14:退職後も適用され続けるNDAに明記されているものもあるので

*15:ただし前職ではGPU複数枚挿し&専用マシン化のためにわざわざ予算を取って部品を買ってきて自作していた同僚がいた

*16:もちろんtech系以外だとそうでもないところも多いとは聞く

*17:マネージャーとチームメンバー、もしくはそれ以外でも何かしら共通の職務や話題を持つ同僚同士で、1対1のミーティングを定期的に持つこと

*18:特にかのジャック・ウェルチの「下位1割強制入れ替えルール」が有名になったことが大きいのかも

*19:これまたtech系以外だとそうでないところも多いとは聞く

*20:理研BSIは当時非日本語話者の研究員が全体の3割を占めていたので英語が公用語だと明示的に定められていた

*21:というかそもそもその場に自分しか日本人がいないとか

*22:何を隠そう、2年前の転職活動時には某社のポジションに関して予定されていた面接が「グローバルでのレイオフでそのポジション自体が消滅したためキャンセル」になったことがありましてですね

*23:特に外部講演は激減、出版に至っては原則お断りとなる見込みです。。。が、最近になって現職のイベントに登壇する機会が何故か増えてきております

*24:2回とも前職時代ですが

*25:日本の大学の博士課程に比してインダストリーにも人を輩出するという意識が高いと言われる

*26:というかCS系

*27:研究開発部門だろうとビジネス部門だろうと

*28:例えばプロダクトや非公開のアルゴリズムやクライアント向けのレポートなど

*29:PhD特にポスドク経験者はお断りというグローバル外資も実はこの世の中には存在する

*30:留学や海外長期滞在していなくても

*31:TOEICはかなり点数が高くてもまともに英語で会話もできない奴が多いので当てにならない、とスイス人の前々職・現職での同僚が言ってました

*32:ただし20代であることが前提になるとは思いますが

*33:ただし転職できるほどスキルがない人も中にはいたりする

*34:その場合は最終的にスキルがなくても務まるような職にしかありつけないことも

*35:研究三昧だった頃のメンタリティから抜け出せず好奇心を最優先のままにしてしまったり、業務上のマイルストーン・ターゲット設定が適切にできなかったり、などなど

*36:もっとも15年以上ポスドクしていた人もいますし、また出身地や出身大学からもかなり遠い土地にポジションを得た人もいます。中には最初に就いた定年制ポジションの待遇がひどいというのでさらに別の大学の定年制ポジションに移った人もいます

*37:入れ替わりで卒業していったOBOGの皆さんはもっと短い年数で定年制ポジションに就いていた

*38:高スキルの新卒博士の方が仕事が出来るがために、給料も年齢も高くてそれほど出来の良くない元ポスドクがポジションを追われるなんてことも