渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ

元祖「六本木で働くデータサイエンティスト」です / 道玄坂→銀座→東京→六本木→渋谷駅前

データサイエンティストに王道無し

TL;DR(思ったよりもかなりの長文になってしまったので*1、時間がないという方は1番目と2番目のセクションの冒頭だけお読みください)

しんゆうさんの舌鋒鋭いブログ&note記事にはいつも楽しませていただいているのですが、この記事は一点僕のデータ分析業界の認識に新たな視点を与える話題があって特に目を引きました。それが以下の箇所です。

資格があるわけでもないので名乗るのは自由だし、未経験だろうが文系だろうがそれはどうでもいいのだけど、傍から見ていると「サイエンティスト」と名乗っているわりには「サイエンス」な話をしていないなぁとは思っている。(中略)


現在起きている第3次データサイエンティストブームは「データサイエンティストと名乗りたい人」が盛り上げているように見える。

(太字筆者)

この問題は、このブログの前々回の記事でも取り上げています。

ただ、僕はこういう「データサイエンティストになりたい『だけ』の人たち」がブームの主役であるという認識を持っていなかったので、しんゆうさんの記事を読むまで自分の中では言語化されないままだったのでした。そう、「まだ海のものとも山のものとも知れないが海外から概念だけが輸入された」データサイエンティストの第1次ブーム*2と、「空前の人工知能ブームに煽られて機械学習エンジニアが急増した」第2次ブームに続いて、今はそういう中身がよく分からない人々が殺到する第3次ブームの真っ只中にある、というわけです。


そんなところに、たまたまはてなIDコールが飛んできて知った記事*3がこちらです(このブログの記事への言及有難うございます)。勿論記事全体を読むことをお薦めしますが、何よりも冒頭のまとめが端的で分かりやすいです。

具体的に言いたいことは4つだ。

  • プログラミングスクールをディスるなら代わりの入門方法を提供しようよ。
  • もう「未経験文系から3ヶ月でデータサイエンティストで一発逆転物語」を止めろ。
  • おじさんは人生逆転したいなら真面目にやれ。
  • 若者はワンチャンじゃなくて、ちゃんと化け物になれよ。

正直言って「非常に多くの社会的憚りがあってこれまで自分のブログでは断じて書けなかったことのほぼ全てがここに書かれている」と思いました。「データサイエンティストになりたい『だけ』のワナビーたちに向けられたメッセージとして、網羅的かつ辛辣に書かれたこの記事にはまさに我が意を得たりという印象があります。


この流れにさらに被せてきたのが、畏友マスクドアナライズさんのこちらのネタ的な記事です。文中の「いらすとや」画像を組み合わせた図とか最高ですよね。これも基本的には同じことを言っているものと僕は受け取りました。


ということで、このブログでも過去に「なんちゃって」データサイエンティスト問題を論う記事を書いたことがありますが、今回の記事では改めてデータサイエンティスト「ワナビー」について論ってみようと思います。ポエムです、と言いたいところですがあまりにも長大過ぎて完全に長編詩になってしまった模様。。。なお「他でもないお前(TJO)自身が『なんちゃって』データサイエンティストだしただのワナビーだろ」というツッコミが今でも雨あられと降り注ぐ有様ゆえ、完全に自分のことを棚に上げたムシの良い意見であることを予めお断りしておきます。


(注:この記事中には「データサイエンティスト」「データサイエンス」の語が頻出するので、以下便宜上どちらもまとめて"DS"と略しています。が、明示するためにあえて略していない箇所もあるのでご注意ください)

要旨


こんな超長文を読んでいる暇なんかない、という人たちのために15秒で読める要旨を書いておきます。

  • 「データサイエンティストになりたい『だけ』」のDSワナビーが近年急増している
  • 過去の歴史を鑑みれば、DSワナビーの大多数はDS業界では生き残れない
  • 生き残りたかったら以下の努力をしよう
    • 真面目に勉強する
    • 勉強した人でないと勤められない職場を目指す
    • 最低でも1年以上は勉強するべきだし、一度始めたらずっと勉強する人生だ
  • 世の中には「まともなDS仕事」「焼畑農業的DS仕事」の2種類しかない、前者に滑り込もう
  • 老害DSが今ものさばっているのにはそれなりの理由がある

ということで、以下超長文です。覚悟の上お読みください。


データサイエンティストになりたい「だけ」の人々=DSワナビーたち


冒頭2番目の記事の注釈2のところに、こんなことが書かれています。

『【年収1000万円】1.SQL 2.python 3……これらを3ヶ月ガチるだけであの高給取り職「データサイエンティスト」になれることが判明! MARCHと同じレベルとかお前らなら余裕よな? 』(出典:まとめサイト) や『未経験からデータサイエンティストになる方法』(出典: note.comで売ってる人気情報商材)、嘘情報で注目を浴びてるインフルエンサーワナビー、転職サイトの煽りステマ(参考例)等

原文ママ

これは僕自身も各種SNSで山のように見かけてきたので*4よく分かるのですが、特に去年の後半ぐらいからこういう感じの薄っぺらい「目指せデータサイエンティスト」的なコンテンツが急増してきたように見受けられます。これに伴い、各種SNSでも「DS目指してます」「駆け出しDSと繋がりたい」「もうDSになれちゃいました!」「DSになった結果副業フリーランスで月収〇〇万円!」というような、長年の経験者が見れば即座に看破できてしまうような有象無象の「DSワナビー」が大量に発生しているようです*5


理由は色々ありそうで尚且つ複合的と思われるので「これ」というものは挙げにくいのですが、強いて言えばこんなところでしょうか。

  1. 単純に「21世期で最もセクシーな仕事」と昔*6から言われていて格好良さそうだから
  2. 各種メディアや転職サービスやSNSなどで喧伝されているように高給取りになれそうだから
  3. DSというものが実は意外と大したことのないスキルさえ身につければ務まる職業らしいから

1番目はもう散々言い古された話なので解説は不要でしょう。何だかんだで「自由度が高くて裁量が大きくて高尚な仕事ができる」というイメージは未だに付いて回る感があります。2番目はここ3〜4年ぐらいで言われるようになってきたことですが、昔は「シリコンバレーでは」という枕詞が付いたものでした。それが最近は日本国内でも負けじと想定年収の上限値を大幅に引き上げるところが急増し*7、挙げ句の果てに、実態(後述)も踏まえずにあることないことをデカデカと書き立てて煽る馬鹿な大手メディアの記事までもが現れる始末。


そして意外と大きなウェイトを占めるように見えるのが3番目。データサイエンティストの仕事というと、統計学やら機械学習やらコンピュータサイエンスやらとにかく高度な学術・技術的スキルが求められる割に「実は仕事の大半がSQLを書いてDBを叩いたりpandasでひたすら前処理をするといった作業ばかり」と嘆く記事がここ2〜3年ぐらいの間に増えた印象があるのですが、もしかしたらそういう記事たちが「実はDSって大したことをやっていない=誰でも未経験から簡単になれる」という希望的観測を生んだのかもしれません。そういう意味では、どこかの意識高い系有名人が吹聴する「世の中の仕事に『下積み』は不要」「要点さえかいつまんで学べば誰でもすぐ一人前の職人になれる」とかいう言説*8を無邪気に字義通りに信じてしまう若い人たちが大量に湧いた結果の一つが、案外DSワナビーの急増という現象なのかもしれません。


「ちょっと前から話題の、格好良い高給取り職のDSに、下積みなしでも3ヶ月も頑張れば誰でもなれる!」という、まさしく「DSになりたい『だけ』の人たち」多数がひしめき合うカオス。それが、しんゆうさん言うところの第3次DSブームなのでしょう。


データサイエンティストに王道無し


先に結論から書いておきます。今のDSワナビーたちのやっていることは、「これから冬のマッターホルン*9に登ろうというのにTシャツ短パンにビーチサンダルでやってきて『公園のボルダリング用の壁で3日間壁登りの練習やってきたから余裕っしょ、真冬の真っ白なマッターホルンで拝む初日の出は絶対インスタ映えするはず!』と吹聴する」のとノリとしては大体同じだと思います。原理的に不可能とまでは言わないけれども、何がどう困難であるかを何も理解しないまま、空想上の成功体験しか見えていない、ということです。


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(Image by Pixabay)

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(Image by Pixabay)
つまり、DSワナビーたちが考えるDSキャリアというと多分こんなイメージなのでしょう。


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(Image by Pixabay)

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(Image by Pixabay)
しかし残念ながら、現実のDSキャリアは大体こんな感じです。Tシャツ短パンサンダルでやってきたら、まず確実に遭難することでしょう*10。これは他のソフトウェアエンジニアやセキュリティエンジニアなどどんな専門性を求められる仕事においても言えることですし*11、何もDSに限ったことではないのは事実なのですが、何故かDSに限ってこういう「3ヶ月で誰でも一流のプロになれてガッポガッポ稼げる!」という話になってしまっているわけで、そこが謎です。


かつてエウクレイデス(ユークリッド)は、家庭教師をしていたプトレマイオス1世幾何学があまりにも難し過ぎる、何か近道はないのか、と訴えたのに対して「幾何学に王道無し」*12と答えたと伝わります*13。基本的にはこの故事と同様で、「データサイエンティストに王道無し」なのです。その理由と、近道が無いならどう歩むべきなのかを以下に述べます。


何故近道が無いのか


その理由は前回の記事に書きました。「本質的には『現実の社会はそもそも機械学習統計学(即ちDS)と相容れられるようには出来ていない』」がために、そもそもDSでなければならない仕事というもの自体が少ないのです。よって、DSとしてキャリアを積んでいきたければ「極めて稀少なまともなDSの仕事を探してくる」か、さもなくば「ゼロからDSの仕事を自ら創る」か、のいずれかをやらなければなりません。ここに高い壁があります。


詳細はこの後の「どこで働くべきか」でも述べますが、「DSの仕事を探してくる」と言っても世の中では稀少な「まともな」仕事に就こうと思ったら、「そこら中にハイレベルなDS人材がウヨウヨしている」このご時世だと、DS人材としてはかなり高いスペックを持ち合わせていないと競争を勝ち抜いて採用されるには非常に厳しいものがあります。一方で「ゼロからDSの仕事を自ら創る」にはDSの学術技術的スキルを沢山持ち合わせているという程度ではまるっきりダメで、さらに対象となるビジネス領域で広く受け容れられるようなプランとDS技術の組み合わせを自ら企画・提案し、実装していかなければなりません。そのためには「この現場にはこのレベルのDSが適している」といういわば「対機説法」的な対応ができること、そしてそれが可能なだけのDS知識のカバー範囲の広さも重要になってきます。言い換えると、例えばExcel帳票でデータ管理がやっとという現場にいきなりTensorFlowを駆使したDNNを持ち込んでも何も理解されないので、とりあえずDBと分析サーバを立ててロジスティック回帰によるreasoningで改善提案リストを自動的に作れるようにして普及させるところから始める、みたいな按配です。これを試行錯誤ゼロでいきなりやれる必要があります*14


いずれにせよ、未経験から3ヶ月で上っ面だけのDSスキルを身につけただけのワナビーには、これらは難しいを通り越してほぼ不可能な芸当だと思います。学術技術的スキルと、ビジネスの現場の実態への対応の仕方とを、地道かつ広汎に身につけていってようやく可能になるという類のものです。


何を学ぶべきか



では、近道を諦めて真っ正面からDSのキャリアを歩みたければ、何を学ぶべきでしょうか? 僕の意見はこの2つの記事に尽きます*15。「この程度の知識・学識は最低限あった方が良い」「この程度のスキル・経験は最低限あった方が良い」という、その一覧をリストアップしたものです。これらはどちらかというと「スタート時点でこれらを全て満たしているor読破している必要はないが、仕事しながらでも良いから勉強し続け、最終的にはどこかの時点で全てを満たすor読破することが期待される」という類のものです。冒頭2番目の記事も、辛辣ながら非常に真っ当な「学ぶべき内容&学び方」を説いているので、ぜひ読まれると良いかと思います。


全くの未経験からDS分野の勉強を始めるなら、多少は大学教養課程程度の数学も分かった方が良いです。この点については以前の記事でもコメントしたので参考にしてみてください。基本的には「高等教育レベルの線形代数微積分の初歩だけは覚えよう」です。最低限これだけ頭に入っていれば、NN系の数式だけでネットワークを記述している論文が程度問題ながら読めるようになると思います。


ちなみに、初心者*16が勉強と努力を重ねて大成した大変有名な事例として、からあげさんが以前紹介されていた「ディープラーニングおじさん」のケースがあります。これからDSを学んで成功したいと思う、全ての初心者が読むべき名文と言っても過言ではないでしょう。


大事なのは「〇〇まで勉強すればOK!後はただ楽チンに仕事をこなしてチョロく儲けるだけ!」などと思わないこと。後述するように、DS分野では学術・技術的な進歩が日進月歩を通り越して秒進分歩の勢いで進むので、今日までに知られている全てのDS分野の知識を余すところなく習得したところで、明日にはもう時代遅れ&役立たずになっている可能性があります。例えば2013年ぐらいまでであればOpenCVとその技術的・理論的背景を知っていれば当時降ってくるレベルの画像処理の仕事は大体こなせましたが*17、今やCNNやGANをはじめとするNN系の各種画像処理技術を知らなければ今降ってくるレベルの仕事は何もできないに等しい状況です*18。しかもそれらの技術は今日もまた進歩を続けています。


これは他の分野や職種でも全く同じだと思いますが、「いつまででも学び続けられること」がDSとして仕事を続けていくための要件です。SQLPythonだけ覚えれば確かにDS業界に「入る」ことはできるでしょうが、「残る」のは多分無理です。


ちなみに、世の中には同様の「これだけマスターすれば君もDSになれる!」系のコンテンツはブログなりnote(有料記事含む)なりに大量に転がっていますが、できれば「コンテンツを書いた人の素性がそれなりに明確でその人がDS分野で何をしているかも分かっていて尚且つその人が実際のDS業務でどんなアウトプットを出しているかがある程度具体的に発信されていて確認できる」*19ケースに限った方が良いです。世の中には全くの第三者のコンテンツをまるまるコピペして、他人に教材として高値で売りつける輩もおりますので。。。*20


どこで働くべきか


必要なスキルは学んだ(学び続ける)ものとして、ではDSになるとしたらどこで働くべきなんでしょうか? 前回の記事で指摘したように、2020年現在においても機械学習統計学といったDS系の格好良い仕事が「社会実装」されているとはまだまだ言い難い状況です。はっきり言って、DSプロジェクトがうまくいっている現場なんて日本中はおろか世界中を見渡しても少数派と言っても過言ではないでしょう。況してや「チョロくて簡単に成功できる」DSプロジェクトなんて、黒い白鳥*21よりも珍しい部類に入るでしょう。


個人的な経験と伝聞から言って、「チョロくて簡単に成功できる」DSプロジェクトは以下のいずれかに当てはまります。

  • 大多数:そもそもアウトプットの良し悪しを殆ど問われない状況にある(AIブームに便乗しただけで長期的視点ゼロで、POCさえ作れれば良いとか、ただ手間賃だけ貰ってPOCを作るとか、それこそ株主対策にモックだけでも作れれば良いとか、しかもその後のメンテの有無・良し悪しは問われないとか、その代わりDB整備などサポート体制も最低レベルか皆無)
  • ごく少数:先任者が以前から既にDS、特に機械学習を定着させている(プロダクト開発などで先任者が既に機械学習機能を導入した後とか、先任者にデータサイエンティストや機械学習エンジニアが既に沢山いるとかで、プロジェクト全体に渡ってDSの重要性への認識が共有されている)

前者はそもそも中身が空っぽで作り逃げばかりが故にsustainabilityもゼロ、言い方は悪いですが焼畑農業みたいなものです。この程度なら、確かにpandasとsklearnが使えれば誰でもできるでしょうが、どんなに長くとも1年ぐらいもたせるのがやっとでしょう。百歩譲って頑張って完成させても、メンテがきちんとされないので1年後にはお払い箱というパターンです。これでは安定した売り上げも収入も得られませんし、大抵の場合は給料も安いです*22。一方後者はただのチートで、そんな現場があったら僕も行きたいぐらいですが、そういう現場に限って先任者がそのままDS業務の既得権益層になっていて、そのお仲間や取り巻きでポジションが占められていたりします。しかもそういうところほど研究開発も盛んで、うっかりすると「日本やUSのトップスクールの機械学習or応用統計学専攻の大学院出身者以外お断り」みたいなところもあります*23。トップ会議に論文が出ていなければ書類落ちでしょう。その代わり給料は巷で喧伝されるのと同じくらいには高いです*24


せいぜいpandasとsklearnが使える程度のワナビーたちが新規参入できるのは、ほぼ確実に前者のみです。それは、既に書いたように「1年しかもたせられない焼畑農業」であり、1年かそこらが過ぎて客先から手間賃すら取れなくなったらもう用無しです。浅はかな人月商売業界が「ようやくPythonを覚えた程度の若者をDSと称して送り込んでいく」先も大体そういう感じの現場ばかりなんじゃないでしょうか。焼畑農業に日雇い人夫を送り込んで、1年経って草木も生えない更地になったら人夫は全員お払い箱、というのを地で行くだけのただの地獄だと思います。


他方で「安定していて高給にありつけて名声も得られそう」なDSプロジェクトを挙げるとすれば、以下の2パターンでしょう。

  • 先任者が以前から既にDS*25を定着させているプラットフォームで、元々の経済的利潤が大きいが故にDSの仕組みを改善さえすればさらに掛け算で利潤が増えるようなところ
  • 大きな社会的・経済的活動が行われているプラットフォームに、ゼロからDS*26を用いる仕組みを立ち上げて、これを定着させることが期待されているところ

前者は先述した「既にDS仕事があるところ」で、メガベンチャーや急速に成長している破壊的イノベーションなサービスを手掛けるスタートアップなどに良くある構図です。これはいちいち例を挙げるまでもないかと思います*27。一方、後者は先述した「新たにDS仕事を自ら創らなければならないところ」で、メガベンチャーのような新興大企業が含まれることもありますが、多くは伝統的大企業などで見られるパターンです。


もうお分かりかと思いますが、前者はあくまでも後者が一度成功した後に出来上がるものです。だからこそ、前者のような既に完成された場には憧れもあって多くの人材が殺到するのですが、自ずとその選抜は競争の激化もあって厳しくなり、日本やUSのトップスクールのPhDでもないとお断りみたいなことになりがちです。ただし運良くそこに入り込めれば、そこでは多くのDS実務経験も積めますし、場所によってはDS研究開発経験も積めることがあり、さらなるDSとしてのキャリアアップも望めます。しかしながら、前者に新規参入するのが難しければ必然的に後者に向かうしかないわけですが、前回の記事で書いたようにここは修羅の門そのもの*28。DSを定着させられなかった数多もの屍が横たわるのを踏みつけて、さらにその先にあるゴールにたどり着けた「本物」のデータサイエンティストだけが、成功者として報酬にありつけるのです。そういう成功を収めたければ、DSとしてのスキルだけでなく、例えばマネジメントとかリーダーシップとかプレゼンスとか場合によってはエンジニアリングなど広汎に渡るスキルを身につけ、総合的に組織全体をプロデュースできるだけの才覚が必要になると思った方が良いです。


基本的に、DS業務の現場は「下には下がある」というのが経験と伝聞に基づく認識です。下を見たらキリがないが故に、稀少な「既にDSが定着していてビジネスとしても安定している」現場にDS志望者は殺到するわけで、なればこそ「高給で格好良いDS仕事がしたいのなら3ヶ月勉強しただけでチョロく成功してやろうなどと思わずに死ぬ気で真面目にやれ」ということなのだと思う次第です。これは焼畑農業メインの現場に価値がないと言っているのではなく、DSとしての生存戦略を考えたら是が非でもDS定着済みの現場に行くべきだという話です。


逆に、まだDSが定着していない現場で活躍しようと思ったら並大抵の努力とスキルでは務まらないということを肝に銘じるべきです。昨年8月にしんゆうさんとイベントに登壇した際、会場からの質問で「伝統的日本企業でDSを募集しているところが地雷である確率はどれくらいか」と問われた際に、しんゆうさんは「99%」と即答されていました*29。冗談でも何でもなく、まともに成功できるところは1%だと思った方が良いでしょう。その1%を2%とか10%とかに増やしていく仕事は勿論社会にとっては重要ですが、それは駆け出しのDSがやるべきことではありません。既に功成り名遂げた百戦錬磨のベテランDSが社会と後進のためにやるべきことです。


どれくらいの時間がかかるか


以前書いた「ゼロからデータサイエンティストを育てる方法論」記事で想定した最短のトレーニング期間は「1年」です。また個人的な経験からも「とりあえずゼロから始めた人がジュニアレベルのデータサイエンティストとして一人前になるのに実際にかかった時間」も大体1年ぐらいだと思っています*30


というのも、ガチでゼロからDS諸分野を学ぶとなると「座学+自習(独習&復習)」を1週間単位で積み重ねるようなトレーニングプロセスが個々のトピックごとに必要で、さらにそれを会社勤めなら日々の業務をこなしながらやっていくことになるので、そうそうサクサク進むものではありません。これは完全に僕個人の目分量ですが、このブログで例示した推薦書籍リストの内容を指導するとしたら

  • 初級レベル:10週間前後の座学*31
  • 中級レベル:10週間前後の座学
  • 実務における慣熟プロセス:20週間前後*32

ということで、最低でも40週ぐらいかかると思った方が良いです。年間52週なので、様々な事情で増減することを考えれば1年ぐらいは見込んだ方が無難でしょう。ここまでやってもらって、まぁ何とか大抵のDS業務には対応できるようになるかな、というのが個人的な経験則です。ただし、これを満たすレベルであっても所々でシニアによるsuperviseが必要になることが多いと思った方が良いでしょう。シニアの手助けも不要になり完全に独り立ちできるようになるには、さらに時間がかかります*33。いずれにせよ、3ヶ月で済ませようというのは無理というか不可能というか、ただの妄想です。

小難しい勉強はしたくないがそれでもDSとして成功したいという人向けの話


購読料を払ってでもこのワークマンの驚異的なデータ活用事例を百遍読むべきです。近年目覚ましい躍進を遂げているワークマンは、データ活用を全社的に推進している一方で、データ分析に関しては高度な機械学習や統計分析をそれほど大々的に使っているわけではないようです*34


むしろワークマンのデータ活用を支えているのは、全社員に徹底して浸透している基礎的データリテラシー*35と、「リアル店舗A/Bテスト」に代表される実験&検証を重視する経営方針でしょう。


小難しい機械学習統計学を習得しなくとも、これだけのことをやってのければDSと呼ばれずともデータ活用の仕事で成功できるかもしれません。しかしこのレベルに到達するためにはDSとは全く別ベクトルの多大な努力とビジネス上のスキルと豊富な経験が必要になるはずです*36。それは多分DSとして成功するよりも遥かに険しく厳しい道のりになると思われます。


老害の昔語り


最後に、老害と呼ばれるに相応しそうな昔語りをしておきます。なお2017年時点での振り返り記事が別にあるので、詳しいところはそちらをお読みいただいた方が良いかもしれません。僕がDS業界に流れ着くまでの個人的なヒストリーは以前の回顧録記事に詳しいので、そちらをご覧ください*37


DS業界「人材」今昔物語


僕が「データサイエンティスト」という職名を与えられてこの業界に迷い込んだのは2012年のことでした。この頃はsklearnもそこまで主流ではなくまだSciPyやらLIBSVMやらで色々やっていた時代でした*38。画像認識も普通にOpenCVで顔を検出させて喜んでいた記憶があります。さらに、ビッグデータに耐えられるDB基盤といえばHadoop一択でした。Hiveとかガリガリ書いて叩いていたなぁと。。。


その後、2015年ぐらいまでにかけてscikit-learnの普及が急拡大すると共にランダムフォレストとか勾配ブースティング木などの手法が人口に膾炙するようになり、またRStanが普及してベイジアンモデリングもある程度の層に行き渡るようになります。個人的な認識では、2015年までに現在のNN以外の要素技術のラインナップは大体揃っていたのではないでしょうか。この頃にはクラウドが広く普及するようになってビッグデータ処理もRedshiftやBigQueryでやるというのが通例になっていた印象です。


そんな中にあって例外的なムーブメントを見せたのがNN。まず2012年にImageNet ChallengeでDeep Learningが優勝し、一気にDLへの関心がDSコミュニティの間で高まりますがこの時点ではまだ不親切なTheanoやPylearn2などのフレームワークしかなく*39、自分でDLをゴリゴリ実装して何かをやろうという人たちは研究者はともかく技術者の間ではそれほど多くなかった印象があります。技術者レベルでもDLを実装して色々やってみようという流れが出始めたのは、多分Caffe以降ではないでしょうか。


そこにやってきたのが、TensorFlowとChainerです。2015年前後にこれらの画期的なDLフレームワークが普及し、さらに続けて登場したKerasやPyTorchによって急速にDL技術がDSコミュニティの内外に広がっていきます。2016年頃にはAlphaGoの快進撃に触発されて空前の人工知能ブームが全世界で同時多発的に勃興し、日本国内でもどんどん人工知能とその構成要素である機械学習を学んで新たな仕事(AIエンジニア)に就きたいという若い人たちが増えていきました。


一方、DSコミュニティの発展という意味ではやはりKaggle以下機械学習コンペの隆盛を語らないわけにはいきません。2015年にKDD cupで日本からの参加者が表彰台に上る快挙を成し遂げたことで、日本でも一気にKaggleがブームになっていったという印象があります。以後急速に日本でもKagglerコミュニティが拡大し、日本生まれのKaggle Grandmaster / Masterも多く輩出されるようになりました。今やKaggleは「DSを目指すならまず最初にチャレンジすべき登竜門」ともいうべき立ち位置になりつつあるように思います。なお僕自身はKaggleはほんのちょっと触れただけで自分には向いていないと思って撤退してしまいましたが、DS職を目指す若い人たちには「まずKaggleにチャレンジしてみて分野の雰囲気を学びなさい」と毎回必ず勧めています。


そして、空前の人工知能ブームが何年も長続きした結果として、2019〜20年にはデータサイエンティスト(機械学習エンジニア)の待遇はどんどんうなぎ上りに。ついには上の方でリンクした能天気なメディア記事が煽るが如く「高給取りで知的な仕事ができる憧れの人気職」に祭り上げられてしまった、というわけです。実際はそんなことはほぼないわけですが。


自分も含め、2010年代初頭から*40DSコミュニティに身を置き最前線に立ち続けているベテランの人々は、ともすれば皆揃って老害扱いされそうな雰囲気が今ではあります。しかしながら、たったの10年足らずでこれだけの有為転変を体験してきたベテランたちの多くは、あるいは老いに抗いながら、あるいは職場や業界の大波に揉まれながら、あるいは前掲した過去記事にあるような「そもそも現実の社会はDSと相容れられるようにはできていない」が故の無理解や反発や抵抗や一種の迫害に遭いながら、それでもこれらの学術・技術的進歩に食らいついて、今まで何とかDSとしてやってきた人々です。中には、勤めていた企業がデータ分析部門をいきなり解散して社内に居場所がなくなったのでやむなく退職したとか、それで起業したとか、あるいはスタートアップをn社立て続けに渡り歩いたとか、中には海の向こうの企業に渡った、というような猛者も少なからずいます。


他方で、このように黎明期から長年に渡って日本国内で荒波に揉まれてきた「国内ベテランDS組」だけが、厳しいDS業界を戦い抜ける人々というわけでもありません。広い世間には少数ながら「海外DS組」が存在します。中には海外留学して当地の大学院で普通にCS/ML系分野でPhDを取ってDS系の仕事に就いている人もいれば、別の分野の海外大学院でPhDを取った後に改めてDS専門職大学院で学び直してからDS系の仕事をしているという人もいれば、さらには海外特にシリコンバレーでDS系の仕事に就いた後に様々な事情で日本に帰国(移住)してきてDS系の仕事をしている人たちもいたりします。


近年ではさらに「国内エリートDS組」も競争に加わるようになってきます。即ち、日本国内のトップクラスの大学院のCS/ML/stats系専攻で学んできた人々であり、大学院を修了すると同時に企業就職してDS系職に就く人もいれば、つい最近になってポスドク助教などアカデミックな研究職を経てからDS系職に転じる人も増えてきました。彼らの多くはR&D部門に行くことが多いのですが、最近のDS部門はR&Dも実務も両方とも担うところが多く、一般的なDSポジションにそういうエリートたちが進出するケースも目につきます。


その一方で、「いわゆる世間で想像されるようなハイステータスなデータサイエンティスト」職の数は2020年の現在に至っても尚頭打ちなままだという印象があり、そういった稀少で高価値なポジションの多くをスキル・実績ともに豊富な「国内DSベテラン組」やグローバルで通用する実力を備えた「海外DS組」「国内エリートDS組」が占め、埋まり切らなかった分や新たに枠が増えた分をようやく新規参入組が占める、という構図になっているように見受けられます。そして、そこからもあぶれた分は大多数の「焼畑農業のようなつらみだらけのDS職」へと流れ込まざるを得ないというわけです。そうなっている理由は、既に上の方で論じた通りです。


非常に物騒でセンスの良くない喩えなのですが、DS業界はいわば地雷原みたいなものです。無数に埋められた地雷を避けながら駆け抜けた先にDSとしての成功が待っていて、皆がそれを目指して走っていくという。「国内DSベテラン組」は長年の経験とカンと培ったスキルで巧みに地雷を避けながら難なくゴールにたどり着けるのですが、それがない人たちは往々にして地雷を踏んでしまう。それでも「海外DS組」や「国内エリートDS組」はグローバルで通用する高度なスキルを駆使して何とか地雷を避け続けてゴールできる。そのいずれでもない「DSワナビー組」は、次から次へと無造作に地雷を踏んでしまう*41。そういうイメージです。


「なんちゃってDS」が蔓延っていた第1次ブーム、ただのゴミで溢れ返る第3次ブーム


既に忘れてしまった人の方が多そうですが、2013〜14年頃の日本における第1次DSブームの頃は急激に統計学やらプログラミングやらといったスキルが必要だという思想が海外(特にUS)から流れ込んできた反動としてか、「DSにはビジネススキルが必要だ」ということが当時の有名DSたち*42によって盛んに喧伝され、その結果主客転倒して「ビジネススキルさえあればDSになれる!」という訳の分からないムーブメントが蔓延っていたのでした。


そのせいか、当時は自称DSという人々がExcelでちょっとクロス集計したりちょっとプロットを描いてみせた程度のメディア記事が「これこそ21世紀で最もセクシーな職業ことDSのなせる業だ!」という触れ込みで宣伝されたり、DS入門書や解説書をうたう書籍も多数出版されたもののその内容の多くがただのビジネス事例紹介ムックばっかりだったなどということがあったりして、「おいおいこれが『サイエンティスト』の仕事かよ」*43と世間の嘲笑を買う有様に。これくらいの時期から「DS=胡散臭い職業」という本邦における印象が定着したように個人的な観測からは思います。ちなみに当時ビジネス系DSを自称していた人々の多くは現在では殆ど見当たりません。彼らは一体どこに行ってしまったんでしょうか?*44


これ以降、真剣に機械学習や統計分析などのDS系の仕事をしている人ほど「データサイエンティスト」と名乗ったり肩書きをそれにするのは憚られる*45という風潮が支配的になったのは残念なことでした。なので、2020年にもなって第3次ブームが勃興すると逆にDSと名乗りたがるワナビーが多数湧いて出てきたというのは尚更不思議な現象に見えます。


で、第3次ブームはどうなっているんでしょうか。冒頭2番目の記事の10番目辺り*46の注釈にはこうあります。

問題意識として、今はDSで検索しても糞アドテク企業によるゴミ・虚偽情報、◯◯◯◯◯(とその周辺文化圏企業)による転職煽り、ゴミ溜めサロン(30万)・プログラミングスクール・カリスマ本ビジネスばかりが出る。

これらの搾取ビジネス勧誘が邪魔なせいで検索結果に良い情報が出て来ないこと。そもそも良い情報を市民が大衆向けに発信する文化が育ってないこと。

そして一番最悪なのが、環境に恵まれた者にしか良い情報の選別が不可能になってしまっている事だ。(伏字筆者)

僕の観測範囲でもこんな感じだと思います。2012〜16年ぐらいまではDS関連の語句で検索すると相応に有意義な情報が見つかったものですが、以後はどんどんS/N比が下がっていき、ここ最近は完全にノイズというか露骨に言えば「ただのゴミ」しか引っ掛からなくなりました。見渡す限り、延々と転職業者かスクール業者か検定テスト類の業者の記事やアフィリエイトや課金目的の薄っぺらい記事と言った、情報量ゼロのコンテンツしかヒットしないというのが個人的な体感です。少なくとも「ググって見つけた資料を自己研鑽の材料にする」ことは初学者にはほぼ不可能な状況にある、と認識しています。


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ちなみに、Search Consoleで「データサイエンティスト」で検索した時のこのブログの掲載順位の変遷を見るとこんな感じになります。2019年以前は分かりませんが、少なくとも19年の5月ぐらいまでは1ページ目冒頭に登場する1〜3位台で掲載順位が推移していた*47のが、19年の9月ぐらいから乱高下し始め、20年の5月以降は1ページ目どころか2ページ目にも出てこない圏外扱いになっていることが分かります。


勿論、このブログがDSの優れた資料だなどと自惚れる気は毛頭ありません。が、以前はDS関連の語句で検索すれば最低でも1ページ目に出ていたこのブログが、20年に入ってからは何をどう検索しても上位には出てこなくなった*48という印象があります。その内情は既に上の方で散々論じた通りかと思われます。


ところで、このような第3次ブームの現状について、冒頭1番目の記事でしんゆうさんはDSワナビーたちを念頭に置いてかこんなことを書かれています。

データサイエンティストの終わりの始まりになるのか


名前が消えるも残るもそこは大した問題ではないと思っているのだけれども、さすがに名前だけで実態が無ければさ来年を迎える頃にはもう聞こえなくなっているかもしれない。


ただ世間の無知に付け込むように単に「データサイエンティスト」を名乗ることで一時的に得をしても何の結果も出せなければ全ての「データサイエンティスト」が同じような目で見られてしまうかもしれず、それはデータ活用全般への不評を呼びかねないのは危惧している。

このようなDS業界における「悪貨が良貨を駆逐することで貨幣自体使われなくなる」問題への懸念は、第1次ブームで「なんちゃってDS」が蔓延っていた頃も叫ばれていましたし、今般のワナビーで溢れ返る第3次ブームでも危惧されるのは当然のことでしょう。


ただ僕個人の意見に限って言えば、この件については特に懸念は抱いていません。何故なら、既に上の方で散々論じたように稀少な「まともなDS仕事」は少数派である実力者DSたちによって長期に渡って堅実に継続発展が進められている一方で、DSワナビーたちが大量になだれ込む先である大多数の「焼畑農業的なDS仕事」だけがステークホルダーや世間からの不評を買って干され消滅する運命にあると考えられるからです。


実際、第1次ブームの時も焼畑農業とまでは言わないものの持続可能とは思えない「経営陣のただの思いつき」みたいなどう見ても地雷っぽいDS仕事は沢山あって、大量の「なんちゃってDS」たちが飛びついたものですが、当然のようにいずれもその後続かず、「なんちゃってDS」たちごと全て綺麗さっぱり消えてしまったという光景を数え切れないほど見かけたものでした*49。多分第3次ブームも同じ帰結を辿ることでしょう。消えるのはワナビー焼畑農業だけです。消えたくなければ、ワナビーではない、ガチなDSになるべきです。それこそ上の方で引き合いに出した「ディープラーニングおじさん」のように。


自分のキャリアの話


2012年にデータサイエンティストという肩書きを与えられて企業で働くようになって以来、DSとしての僕のキャリアは既に8年を超えました。その間、13年と16年にそれぞれ転職し、また13年頃にこのブログ(とTwitter)を始めてTokyoR・TokyoWebmining界隈の方々と交流させていただくようになり、以後「DS関連のキーワードでググると何故か掲載順位のトップの方に出てくるブログの人」*50としてDS業界では知られることが多くなったように感じています。


ところで、僕は冒頭2番目の記事に書かれている以下の条件に物の見事に全て当てはまります。冷静に客観的に自分を見れば、とてもじゃないですが「高度な技術を持つDSの専門家」などとは到底言えません。まさに「紛い物」です。

DSかくあるべき論でよく聞く内容のうち、私は情報幾何や計算理論、渡辺ベイズはちゃんとは理解してないし、Tensorflow・PyTorchの実装も見てないし、CSのトップジャーナルに論文は載ってない。C++FPGAで高速化チューニングが出来る訳でもなく、 Kubernetesは使い込なせず、NoSQLとRDBの違いも説明出来ない。データサイエンティスト協会とやらによれば、Associate Data Scientist以上Full Data Scientist以下だが、スキルセットに記載されているセキュリティ技能やブロックチェインなどには興味もない(原文ママ

それでも、僕なんぞがデータサイエンティストという肩書きを公に称して面白い仕事をさせてもらえて尚且つそれなりの給料を貰い続けられているのは、単に2012年という日本におけるDSブームの黎明期にまだDSという言葉も社会に知られていなかった頃に偶然DS業界に迷い込んできて、周囲から散々馬鹿にされ続けてもなお、その後8年に渡って懲りずに実務の世界で、その時々の職場で与えられた仕事をこなしながら、地道にDS仕事を続けてきたからに過ぎません*51。これは完全にただの先行者利益であり、「継続は力なり」でもあります。


ただ、「老害」世代であっても僕のように「一貫してDS職に就き続けてDS系の仕事しかやらない」というDS専業の人間はかなりのレアケースで、普通はエンジニア寄りのキャリアに移っていったり、あるいはマーケッター寄りのキャリアに移っていったり、あるいはPMとか管理職とか経営幹部の道に移って出世していったり、という人の方が多いです。もっとも、それはそういう人たちがそれぞれの領域に秀でていてDS専業でなくてもやっていけるどころか頭角を現していけたということであり、僕の場合はDS専業になることでしか自分のレゾンデートルを示せなかったということでもあります*52


こういうことを書いていると「老害のマウンティングだ」という嫌味が投げかけられるのがこのご時世の常なのですが、長年に渡るDS業界の浮沈と有為転変を目の当たりにしてきた身からすると「何をどうマウンティングできるのか?こんなに一寸先は闇だというのに?」という気分にしかならないです。実際、海の向こうであっても新型コロナ不況でUberはDS部門*53を解散して全員クビにし、電動キックボードのBirdも50名いたDS部門を「売り上げに貢献しない」という理由で5名以下にまで減らしています。またコロナ不況が問題になる前でも、日本のとある超有名大企業*54が社長室直下&CIO直付きの野心的なDS部門を立ち上げたもののたったの2年でCIOクビ&DS部門解散になったという話を聞いています。未だにお偉いさんから唐突に「何の役に立つのか分からない」などと言われ、いきなり部門ごと解散して*55クビも飛ぶのが珍しくないような不安定な仕事をしているのに、何がどうマウンティングになるのか僕にはよく分かりません。


マウンティングでないなら何なのか?話は簡単です。とりあえず自分が8年間DSとしてやってきて、「DSとして成功した人」「DSとして今まで生き残ってきた人」たちと、「DSとして成功できなかった人」「DSとして生き残れなかったor違う道へと去っていった人」たちと、「DSのキャリアを発展的解消させてキャリアアップした人」たちとを、単に比較してその違いを書いてきたのが、この記事だということです。


そういう意味では畢竟「データサイエンティストとしての自身の存在価値を周囲に認めてもらえるか否か」が全てなのでしょう。DSたちがそれができる現場ではうまくいき、できない現場ではうまくいかない、というごくごく当たり前の結論なのですが、現実にはそれができているケースは極めて少ない。その原因はDSの側にあることもあれば、周囲の側にあることもある。それでもDSの側にスキルや能力の不足がない限りは、現場を移り変わり続ければいつかは周囲に認めてもらえるような現場にたどり着けるかもしれない。いずれにせよ、自分の「居場所」を作るためにもDSはスキルや能力を磨き続ければならないのだと思っています。それが出来なければ、DS部門ごと自分の仕事も雇用も消滅しておしまいという悲劇をただ繰り返すだけです*56


あくまでもn = 1の事例に過ぎませんが、自分のこれまでのキャリアを振り返っても、自分のスキルや能力が足りなかったばかりに力及ばず成果を残せなかったプロジェクトや存続させられなかったチームが幾つもありました。その後悔があればこそ、今でも方向性はまちまちながらも勉強と自己鍛錬とプレゼンス向上のための努力を続けているつもりです。


例えば、SEとかITエンジニアとか、もう少し細分化するならソフトウェアエンジニアとかインフラエンジニアとか、いずれにせよそれなりの業界・分野の歴史があって成熟してきている職種であれば、程度問題ながら定常的に需要があり、変に拘らなければそこそこの職に就き、そこそこの待遇にありつけるように見受けられます。これに対して、DS業界では「未だ発展途上の職種ゆえ、その存在価値を周囲に認めてもらうために、既に確立した職種の人々とは異なる種類の努力もしなければならない」という構図がまだまだ続いています。そういう努力の数々を敷き詰めていびつながらも舗装したものが、データサイエンティスト業界に迷い込んで以来8年以上に渡る僕自身の道のりだったという気がしています。


追記


各方面から概ね予想通りの反応をいただいているという印象ですが、一方でこれは明らかに誤解されているなという反応もちらほら見かける*57ので、単純に全体の追記として以下に補足説明を付しておきます*58

  • 「そもそもデータ『サイエンティスト』と名乗るのが良くない」:何故データ「サイエンティスト」なのか問題は過去記事で散々論じているのでそちらを読まれたし。2012年当時にHBRに公開書簡でも出して論争するのならともかく8年も経って事実上市場にこの呼称と概念が定着した後で色々論っても何も変わらないし、それでも気に入らないなら市場が飛びつくような新呼称や新概念を提案して広めれば良いだけかと
  • 「王道無しと言いながらCS/ML/stats系のトップスクール大学院を出ることを王道とみなしているのでは」:これは「エリート」とはみなせるが「王道」とは限らない。実際トップスクールのCS/ML/stats系専攻出身エリートばかりで固めたDS/AI部門が結局「ビジネス上の価値無し」と経営陣から判断されてお取り潰しになった事例が幾つも実在する*59ので、そういうエリートであっても以前の記事で書いたようにアナリストorエンジニアとしてのビジネス的価値を身につけて「キャリアの自衛」をする必要があると考えているし、それはトップスクールで直接学べるスキルではない。そもそも「高度なDS仕事ができる現場」が「焼畑農業ではなくまとも」だとは一言も書いていない
  • 「DSワナビーが3ヶ月で一人前になるのは無理なのは分かるが1年間の座学が必要というのはただのトップスクール礼讃なのでは」:1年間の座学ではなく「メンターからのアドバイスが貰えること」が重要だと考えているので、トップスクールで学ぶかどうかとは関係がない*60。学術技術的スキルの習得自体は「独学」でも十分だと思われる*61
  • 「どうあがいてもキャリア構築に失敗するDSワナビーは不要だという主張なのか」:基本的には現在巷でよく見かける「ワナビー」的なアプローチでは「成功できないだろう」という単なる「予測」とその根拠となる歴史的経緯*62を述べているのであって、DSワナビー含む新規参入者が不要という話ではない。むしろ実力ある新規参入者が増えるのならDS業界が盛り上がるので良いことだと思っている

個人的には、「DSワナビー」だろうと何だろうときちんと1年とかじっくり時間をかけて「実力者DS」に成長できれば自然と「まともなDS仕事」ができるようになるでしょうし、逆に「エリートDS」であっても誤って「焼畑農業的DS仕事」に就いてしまったらキャリアに行き詰まってしまう可能性が高い、と思う次第です。重要なことはまず個々人がサバイブすることであり、サバイバルが成ったらそこで初めてその人なりのやり方でDS業界を発展させ盛り立てることを考えてもらえれば良い、と考えています。「99%が地雷」という現状を、少しでも良くしていくためにも。


なお、「焼畑農業的DSプロジェクト」問題についてはDS/AIブームの今後の展開にも絡む重要なポイントだと思うので、また記事を改めて考察してみようかと考えているところです。

*1:多分全文を読まないでand/or勝手に早合点して勝手にブチ切れる人たちが続出すると思われるが、それはこちらの知ったことではない

*2:「21世紀で最もセクシーな職業」などという迷訳ばかりが有名になってしまった一件です

*3:なおこの記事の筆者はどうやらTwitterはてブで有名な某氏とは無関係らしく謎が多い

*4:情報収集のために様々な検索ワードやリストなどをチェックしていると嫌でも目に入ってくる

*5:これが原因でTwitterに情報収集手段としての意味がなくなったので、しばらく前からTwitterを見なくなった

*6:と言っても8年前ですが

*7:下限値や中央値も上がったとは言っていない

*8:完全に余談ですがリンク先の記事は非常に良いことを言っているのでご一読を薦めます

*9:別にヒマラヤやヨーロッパアルプスの他の山でも良いが

*10:もしかしたら既に遭難しているDSワナビーがいるかもしれない

*11:同様のツッコミは冒頭2・3番目の記事のどちらに対しても多く見られた

*12:後にこの言葉は「学問に王道無し」と改変されて人口に膾炙した

*13:この故事は後世の創作だという説も根強い

*14:ゼロからDSを導入したいなどとお偉いさんが言い出す現場は往々にして試行錯誤をする余裕自体与えてもらえないことが多い

*15:どちらも冒頭2番目の記事で引用していただいています

*16:しかも若くもなくむしろ「おじさん」と呼ばれるレベルの年配者

*17:Haar-likeとか懐かしいなぁ

*18:にもかかわらずOpenCVで前処理しておいた方が早いとかいうトラップもあったりする

*19:理想を言えば論文なりホワイトペーパーなり成功事例のプレスリリースなりがあると尚良い、ちなみに冒頭2番目の記事は筆者の素性は不明ながらも良いコンテンツだと思うのでDSワナビーな人々は参考にするべき

*20:他でもないこのブログの記事がどこかの有料セミナーの教材に転用されていたと人伝てに聞いたこともある

*21:実はあまり珍しくない説もあります

*22:DSの年収分布の2つある山の低い方

*23:どことは名指ししませんが実在します

*24:DSの年収分布の2つある山の高い方

*25:特に機械学習

*26:特に機械学習や自動化された統計分析

*27:巷のSNSやらweb記事やらで幅を利かせている有名DSな人々は大体このゾーンにいる

*28:社会実装できずに落伍していくDSの多いこと多いこと

*29:自分は色々慮って90%と答えたのですが笑

*30:どこの話かは察してください、というか察しろ

*31:主要なトピックを10単元に分解すると仮定:実は現職の社内講座でもこれぐらいのスケジュール感だったりする

*32:実務で扱うトピックの適不適によってここは増減する

*33:観測範囲では3年ぐらいかかる気がする

*34:ワークマンの躍進を取材したビジネス書(その書評記事がnoteにあるので概要だけならこちらを読めば十分)によると立役者となった常務氏自ら「突出したDSは要らない、社員全員が浅く広くデータ活用を会得すべき」という趣旨のことを言っているらしい

*35:それこそExcel表計算レベルだが世の中の人はその程度のことも普通はできないし、ワークマンの場合はデータ分析ができないと部長級以上に昇進できないと報じられている

*36:未だに「リアル店舗A/Bテスト」なんて経営陣をどうやって説得したらできるようになるのか想像もつかない

*37:回顧録記事はこの記事よりもさらに輪をかけて長大なのでご注意ください

*38:そしてそもそもこの頃はまだRひとつ使いこなすのに精一杯でPythonにまで手が回っていなかった

*39:Theanoに至ってはC++か何かでスクラッチで組むのと雰囲気的には大差なかったし、Pylearn2も微妙に流行っていたが書きやすい代物だとは思わなかった

*40:それどころかそれ以前から

*41:地雷を踏んだらどうなるかは論を俟たない

*42:当時雨後の筍の如く出版されたDS啓蒙書の著者たちに多い

*43:正確には「データをサイエンスする」のではなく「データサイエンスを『する』」職業ということで「データサイエンティスト」と英語圏では呼ばれていたわけですが、有名なHBRのDavenportの記事でも「別分野の科学者(サイエンティスト)だった人間の方が向いている」と書かれているので難しいところかも

*44:大半はただのコンサルになったり、他所にビジネスパーソンとして移籍してCXOになったり、起業して経営者やっているようにも見えますが。。。

*45:それこそ自らDSと名乗るとあからさまに馬鹿にされ嘲笑されるという状況

*46:加筆修正が繰り返されていて順番が前後する可能性が高い

*47:18年以前もSearch Consoleを入れていなかったので分からないながらも、時々チェックしていた感じでは大体一貫して1〜3位台(1ページ目上位)をキープしていた

*48:その代わり"TJO"で検索するとかなり上位に来るようになりました

*49:印象的な例として、第1次ブームの頃に勇名を馳せてナントカオブザイヤーに選ばれた人がいたDSチームが当人が転職していなくなった後に後継者を育てていなかったせいで雲散霧消し、後に誰もメンテも分析もしない巨大なDBだけが放置されていたというのを見たことがあります

*50:先述の通り最近はめっきりトップに出なくなってきましたが

*51:最近自分が手掛けた地道なDS仕事の例はこの辺にあります

*52:とは言え実際にはあからさまにデジタル広告寄りのキャリアを歩んでいますが

*53:正確には自動運転部門

*54:どこぞの「DSに注力している企業リスト」では高評価がついていたところです

*55:極端なケースではそれまでDS部門を仕切っていたシニアDSが昇進して役員になった途端に「部門を直接仕切れる奴がいなければ潰してもいいよね」と会社から言われてDS部門丸ごとお取り潰しになったという話を聞いたことがある、超有名大企業での話

*56:そういう「流浪のDS」はそこら中に沢山いる

*57:読みにくい超長文を書いた自分が悪い

*58:ちなみにはてなブログは改稿するたびにリンク先のアカウントにはてなIDコールが飛ぶ仕様なので何度も改稿しているとリンク先に筒抜けという罠がある

*59:流石に実名は挙げられない

*60:きちんとしたメンターのいる職場であっても同じことは期待できる

*61:自分も駆け出しの頃は1年程度独学して何とかジュニアレベルのDSぐらいになった記憶がある、あくまでも自称だが

*62:ただし自分の主観に基づく点に注意