渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ

元祖「六本木で働くデータサイエンティスト」です / 道玄坂→銀座→東京→六本木→渋谷駅前

深部静脈血栓症(DVT)に罹りました


(Image by MasterTux from Pixabay)

あまりこういう私事はブログでは書いてこなかったのですが、今後の備忘録も兼ねて記事として書き留めておこうと思います。

Twitterなどでは既に書いている話ですが、タイミング悪く実家の親父が危篤になった時期に並行して、僕は深部静脈血栓症(Deep Venous Thrombosis: DVT)という厄介な病気に罹っていると診断されました。45歳という年齢にしては珍しい病気ですが、かつて元サッカー日本代表高原直泰選手も22歳で発症したというのを覚えていて、若い人でも罹り得るということは知っていました。


事の発端は4月半ば頃で、最初はふとした調子に右膝をグッと動かしたら何か膝の裏〜ハムストリングの筋を違えた感じがあったのでした。その数日後に夫婦で2泊3日で大阪旅行に出掛けてUSJ大阪城を歩いたんですが、しばらく膝裏が腫れて痛い感じがあったのが徐々にふくらはぎ上部→下部と痛みが移っていき、その翌週には右のふくらはぎ全体がパンパンに膨らんで鬱血感がひどくて歩くのもしんどいという有様に。


たまらず近所のスポーツ整形外科にかかったらMRIを撮ることになったんですが、結果を見ても馴染みのスポーツ整形の医師は「肉離れも見当たらないし、筋肉の間に血液か血漿が溜まっているように見えるが良く分からない」。その後徐々にふくらはぎの痛みと腫れは引いていったのですが、膝裏の腫れと痛みだけは鈍く長引いていました。


で、ゴールデンウィーク明けに改めてスポーツ整形の違う医師にかかったら「念のため血管エコーを撮りましょう」というので血管エコーを撮り、後日馴染みの医師に結果を聞きに行ったら物凄く怖い顔をしているじゃないですか。その医師からはこう告げられました。

「尾崎さん、今まで長い間膝裏の痛みの原因が分からず申し訳なかったです。血管エコーの結果、右脚大腿部の深部静脈血栓症だと判明しました。これは血栓が足の太い静脈にできる病気で、血栓が肺に飛んだら肺塞栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)に発展して、命にかかわる一大事です。45歳という若い年齢で、しかも定期的にテニスのようなスポーツをしているよう人では珍しい病気ですが、何か原因があるのでしょう。今日から当分お酒もテニスも全ての運動も禁止で、明日すぐ紹介先の専門機関で治療を開始してください」

僕にとって、この告知はショックなんてものではありませんでした。今の僕の仕事以外の楽しみが全て奪われてしまうのか……という絶望感に苛まれながら、翌日紹介された総合病院(かかっていたスポーツ整形外科にとっては親病院に当たる)の循環器内科にかかったところ、受付でも担当の看護師からも事あるごとに「胸は痛くないですか」「息は苦しくないですか」と聞かれ続けるので、事の重大さが何となく窺えて青ざめることに。そして矢継ぎ早に血液検査・レントゲン・心エコー、そしてあまつさえ造影CTにまで回され、一通り終わって循環器内科の医師からはこう言われたのでした。

「元のスポーツ整形では右脚だけと言われたようですが、実際には左脚にも血栓がある上に、右脚に至っては深部静脈全体にびっしりと血栓があります。さらに、小さい血栓が一部肺や腹部にも飛んでいます。今現在、膝裏の痛み以外に何も自覚症状がないのは完全にラッキーです。幸い、肺にも心臓にも何も問題がないしSpO2も正常なので入院は要りませんが、今すぐ投薬治療を始めましょう」

この告知にはショックを通り越してびっくり仰天しました。むしろ、そんな状態で今まで良く死なずに済んだなと、自分の僥倖に感謝するばかりでした。


ということで、イグザレルト(リバーロキサバン)を初期治療期間(血栓溶解期間)3週間分倍量で処方され、医師からは「今後3週間の初期治療期間が終了するまでは飲酒&運動は全て禁止・その他血圧が大きく変動する行動も禁止・出血傾向が強まるので生活行動に注意せよ」と命じられたのでした。


ちなみに余談ながら、親父と父方母方両方の祖父ががんで亡くなっているのでがんはいつでも不安の種の一つなのですが、造影CTを撮ったところ主治医からは「全身を見ても特にがんはないですね、腫瘍マーカーも上がっていない」とのコメントがあり、とりあえずがんに関しては今のところ大丈夫だということが分かりました。一連の騒ぎで唯一良かったポイントかもしれないと思っています。




……で、何でこんな厄介な病気に罹ったのか、という点なのですが、正直言って、僕には殆ど心当たりがありません。ただ、割と若い頃から「他の人ならたくさん水を飲んでいそうな場面でちびちびとしか飲まずに平気」(嫁さん曰く)というくらい水を飲まないのが習い性で、これは若い頃から胃腸が弱くてある程度以上まとまった水分量を一度にとるとすぐお腹を壊すのを嫌がったせいでもあったのです。このため、そもそも血液が常時ドロドロで血栓ができやすい状況下であったのが、ついに大きな血栓ができて右脚の膝裏に痛みを生じさせるレベルにまで発展したのかな?と最初に思ったのでした。


ところが、その仮説はどうも怪しいのではないかと思われる事態がイグザレルト投与開始以降に起きたのでした。というのは、自宅で静養中で暇そうにしている僕の顔を見た嫁さん曰く、

「治療を始めてから随分顔に肌艶が戻ってきた気がする。以前は『歳よりもずっと若く見える』のがトレードマークだったのに最近は『年齢なりかな』と思っていたのが、今見たらまた5年ぐらい若返ったように見える」

確かに言われて鏡に改めて向かってみると、ここ数年は見なかったような肌艶が顔に戻ってきている上に、最近はかさついているのが常だった両手も潤いを取り戻しているではありませんか。そしてもう一つ、4年ぐらい前から悩まされていた腸の調子が、イグザレルト投与開始以降ものすごく良いのです。


ここからは一切の医学的正確さを伴わない勝手な僕自身の憶測ですが、「もしかしたら血栓は5年ぐらい前から既にずっとあったのではないか?」と以上の経過を見ていて思ったのでした。というのは、2017年以降ほぼ毎年のように僕は下腿の傷害に悩まされてきたんですね。数えられる範囲だけでも、

  • 2017年:左足底筋膜炎
  • 2018年:右ふくらはぎ肉離れ(腸の調子が悪くなったのもこの頃)
  • 2020年:左ふくらはぎ肉離れ
  • 2021年末〜2022年初頭:右母趾外転筋肉離れ&右足底筋膜炎

と、当人もジム通いしている嫁さんに言わせると「いくら実業団リーグに出ているとは言っても原則週2回しかテニスをプレーしていない人がケガする頻度ではない」わけです。これが、実はかなり以前から既に血栓が下肢深部静脈に巣食っていて、慢性的に血行不良を起こしていたのだとしたら、何となく説明がつくような気がします。つまり、下腿の筋肉が血行不良からそのまま深刻な炎症に発展したケースばかりなのではないか、と。


だとすると僕はかなり以前から相当に深刻な血栓症だったということになってしまうわけですが、一方でそんな状態で肺にも脳にも詰まらず平気で生活できていたというのも大きな謎になるわけで、「なるほど分からん」というのが正直な感想です。ともあれ、まずはイグザレルトの初期治療期間を何とか無事に過ごして、次の治療段階に進めるようにゆっくり静養しようと思います。




そういう意味では、冒頭に挙げた高原選手が書いた本は僕に大きな勇気をくれました。高原選手もまた原因がはっきりしない中でDVTどころか肺塞栓症(Pulmonary Embolism: PE)に二度も罹り、2002年W杯代表そして2004年アテネ五輪オーバーエイジ枠)代表の両方に落選するなど、キャリアに大きな影響を受けています。そして当時まだサッカー日本代表の試合を良く見ていた「スポーツ観戦オタク」としては、そんな高原選手の不運を嘆いた同世代ファンの一人でもあったのです。


けれども、そんな高原選手が2010年W杯を前に綴った本書には、様々な不安や不便に悩まされながらも、前を向いて生きていく姿が鮮やかに見て取れます。あまり存じ上げなかったんですが、海外リーグ挑戦は実はPE発症以降のことだったんですね。しかもまだイグザレルトなどのFXa阻害薬が登場する前でワーファリンしか使えず、ビタミンK摂取制限のために「もつ鍋を食べに行ったらもつ以外何も食べられなかった」とか、ワーファリンの出血傾向のために接触プレーの多いサッカーで競技生活を続けるのに苦労したとか、そんなエピソードがたくさん出てきます。けれども、一生向き合っていかなければならない厄介な病気だからこそ、全てを受け止めてやるべきことをやっていく、という高原選手の姿勢には大きな感銘を受けました。




幸い、僕は治療によって制限されるワインやテニスでメシを食っているわけではありません。データサイエンティストの仕事は、家で静養しながらでもガンガンできます。勿論、統計学機械学習の理論やアルゴリズムの勉強も、静養しながら出来るどころか静養中の退屈しのぎに最適です。


そして、ワインが飲めない間は折角なのでモクテルを楽しんでみようと思ったのでした。写真は、嫁さんの手による100%手作りのドライジンジャーエール(ある意味ヴァージンモスコミュール)です。嫁さんには、僕のわがままに付き合ってくれて本当に感謝していますし、頭が下がる思いです。また、ワインとテニスにうつつを抜かしている間に読みそびれていた、漫画や小説などにも手を出してみようかなと思います。


差し当たり、治療が落ち着いて社会復帰できるまでは、その時々の自分に出来ることをやり、その時々の自分が楽しめることを楽しんでいこうと思っています。2歳違いの高原選手のように、僕も一生かけて病と向き合いながら、前を向いて生きていく所存です。


(追記)


色々Twitterでも詳しい方々と話をしたんですが、蓋然性が高いのはやはり「慢性的な水分不足」っぽいです。というのは汚い話で恐縮ですが「尿は透明であるべき(水分摂取という意味で)」と一般的に言われるにもかかわらず、僕の尿は透明であることの方が少なくむしろ色が濃いことの方が多かったからです。様々な理由で「普段からほとんど水を飲まない」ことが10年以上続いた結果、自分の体の抗血栓機能を超えて血栓が溜まるようになったと見る方が妥当なのかな、という気がしてきました。


実際、イグザレルトを処方されてから同時にしっかり潤沢に水分摂取するようになっているので、顔や手の肌艶が良くなったのも、お腹の調子が良くなったのも、単に水分補給が正常化したからというだけなのかもしれません……。


(追記2 on 2022-08-29)


その後の経過ですが、6月初旬にイグザレルトの初期治療期間が終了してからはまたワインが飲めるようになり、さらに7月下旬の血液検査では早々にDダイマーが陰性に転じ、そして8月下旬の造影CTでは「まだ肺に小さな血栓が残っているが両脚の静脈からは血栓が全て消えた(つまり新たな血栓が作られることがなくなった)」ということで、テニス再開にもOKが出ました。おかげさまで4ヶ月ぶりにテニスをやれたんですが、早速上半身のあちこちが筋肉痛になって悲しいですorz また、「イグザレルトを服用し続ける限りは」との条件付きで海外渡航などの長時間フライトもOKになりました。


で、主治医からのコメントとしては「一応特発性DVTなのでガイドライン通りなら6ヶ月ほど投薬したところで終了することになるが、何と言っても当初の血栓量があまりにも多かったことを考えるといつ治療を終了するかは悩ましい。出血傾向など不都合がなければ一生投薬することも考えて欲しい」とのことでした。一応、イグザレルトの適正使用ガイドを読むと「頭蓋内出血が生じるのは血圧130/81mmHg以上から」となっていて自分の血圧はそれよりもずっと低く、実際に歯茎や小さな怪我などの出血で困ったことも全くなかったので、「しばらくイグザレルトは飲み続けることにしていずれ血圧が上がってくる年齢になる前のどこかで終了したい」という希望を伝えておきました。まぁ、今後も気長にDVTと付き合っていこうと思います。