渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ

元祖「六本木で働くデータサイエンティスト」です / 道玄坂→銀座→東京→六本木→渋谷駅前

『仕事の説明書』はこれから仕事で独り立ちしたい若い人たちにこそ読んで欲しい「仕事というゲームの攻略本」

f:id:TJO:20190703125619p:plain

以前SQL黒魔術本をご恵贈いただいた旧友の田宮さんから、ちょっと異色な本をご恵贈いただきました。その名も『仕事の説明書』。副題に「あたなは今どんなゲームをしているのか?」とあるように、世の中の仕事をある種の「ゲーム」とみなして、これをどう攻略していくか?と説く意欲作です。元々彼とは前々職時代にアナリストとして一緒に働いたこともあるのですが、本書の中にもデータを分析していかにアクションに繋げるかという話題がふんだんに含まれています。

仕事の説明書〜あなたは今どんなゲームをしているのか〜

仕事の説明書〜あなたは今どんなゲームをしているのか〜

実は、こちらの一冊に関してはまだゲラの段階で田宮さんから「こんな本を出してみようと思っている」という相談を直に受けたことがあり、そのご縁で今回ご恵贈いただいたという経緯があったりします。というCOIを皆さんにご理解いただいた上で、相応の贔屓目もあるかもしれませんが簡単に書評をさせていただこうかと思います。なおKindle Unlimitedでも読める模様です。

全体の章立て


まず最初に、目次に沿いながら本書の要点だけピックアップして紹介していきます。技術書とは異なる「仕事術」の本ということもあり、どちらかというと技術やスキルが云々というより「自分の経験に照らし合わせてみて『ああこれだ』と思ったところ」を中心にまとめてみました。

1章:仕事の説明書を作成する

まず、ここでは本書の全体を貫かれている「仕事とは『課題解決をする』という『ゲーム』である」という思想の根本義が語られています。この章に後述する「七人の小びと」ネタが出てきますので、全体を読む前に必ず読んでおくことをお薦めいたします。

2章:仕事の目的は問題解決 / 3章:ビジネスというゲームを紐解く

ここからが本書のメインテーマ。まず、今はきちんと筋道を立てて仕事をするのが苦手かもしれない大人であっても、子供の頃にRPGなどゲームを楽しんでいた頃は自然と戦略的な思考が出来ていたのでは?という問いかけから入ってきます。その上で、問題解決の枠組みとしてコンサルでは有名なMECEの考え方や細かく様々なツリー型の問題定義(ロジックツリー・イシューツリーなど)や問題分解の方法、はたまた帰納・演繹・アブダクションといった概念を例示しています。この辺は多分コンサルなどでは最初のトレーニングでやらされるのではないかと思うのですが、学んだことのない若い人たちは一度目を通してみる価値があると思います。


f:id:TJO:20190715175816p:plain

実際のビジネス課題へと踏み込んでいく3章では、少してんこ盛り気味ですが色々なビジネス分析のための概念が多く出てきます。まず基本とも言える3C (Customer / Competitor / Company) 分析、そしてそれをより深めるためのツールとしてのPEST (Politics / Economy / Society / Technology) 分析、SWOT (Strength / Weakness / Opportunity / Threat) 分析、5F(既存競合間の敵対関係 / 新規参入者の脅威 / 代替品の脅威 / 買い手の交渉力 / 売り手の交渉力)といった概念が紹介されています。


次に、3章の後ろの方では「ヒト・モノ・カネで考える」と題して、5つのビジネスモデル区分について述べています。「手作りモデル」「機械工業モデル」「商社モデル」「無形サービスモデル」「金融モデル」ですが、実は僕もこんな感じのビジネスモデル区分についてグローバルレベルでトレーニングを受けたことがあり*1、これは馴染みのある概念だったりします。


さらに4P (Product / Price / Place / Promotion) 戦略に代表されるマーケティングミックスの話題や、これを顧客側から見た場合の概念である4C (Customer Value / Cost / Convenience / Communication)、さらにはSTP (Segmentation / Targeting / Positioning) 戦略、カスタマージャーニーなどの議論も出てきて、なかなかに盛り沢山です。

4章:数値化・言語化によりビジネスの解像度を上げる / 5章:データからアクションを導出する

f:id:TJO:20190715180432p:plain

この辺りは元々ビジネスアナリストとして活躍した筆者の方々の面目躍如たる内容でしょう。RFM (Recency / Frequency / Monetary) 分析のようなロイヤリティ分析では鉄板のテーマや、具体的なデータプロットの作り方などの話題が出てきます。例えば時系列プロットなら「移動平均で大きなトレンドを捕まえろ」「ヒストグラムで隠れたセグメンテーションがないか調べろ」「効果的な可視化で注目すべきポイントをうまく強調すべし」というような按配です。


特に5章のデータ可視化の箇所はここから最初に読んでも良いと思うくらい有益な話の多いところです。「主張に応じた最適なプロット方法を選べ」というのは意外と見落とされがちなポイントで、「割合を強調したければ円グラフではなく棒グラフを使え」は最近色々なところで言われている割にかなりの有名メディアでも守られていなかったりします。また、データ分析そのものを4種類に分類しているところも初学者には重要かもしれません。「現状把握型分析」「問題探索型分析」「仮説検証型分析」「価値創造型分析」は、統計学機械学習を使おうと使うまいとその方向性は根本的に異なります。「現状把握型分析」の代表例として、ドラクエシリーズの主人公ステータス表示を挙げているのはなかなかの好例でしょう。


ということで、何か「分析」の類を任されたがどうしたら良いかいまいちピンと来ないという若い人は、この5章の最後の「まとめ」から読んだ方が良いかもしれません。「データを分析しても、実際に活用されなければ全く意味を成さない……データ分析は問題定義と問題解決の質を高めるためにある」という結びの言葉には、大いに首肯する次第です。

6章:競合や顧客を意識して戦略を立てる

これまでは比較的「戦術」に近い話題が多かったわけですが、ここでは「戦略」の話題がメインです。リスクとリターンのバランスの取り方、市場におけるポジションの捉え方(リーダー / チャレンジャー / フォロワー / ニッチャー)、プロダクトライフサイクルの考え方、ゲーム理論を引用しての「市場をゲームとみなした時の戦い方」(零和vs.非零和 / 有限vs.無限 / 確定vs.不確定 / 完全情報vs.不完全情報)などなど、実際に市場に出て自社を戦わせるためのフレームワークについて多くの紙面を割いて説明しています。なお、「リスクを犯してリターンを得る、これがゲームの本質だ」という有名ゲームデザイナー氏の名言を引いている箇所はなかなかに上手いなぁと個人的には思います。

7章:仕事を前に進める / 8章:仕事を楽しみながら、キャリアアップする

ここまではある意味「与えられた仕事をどう最適にこなすか」という話題がメインだった一方、ここからは「リーダーシップ」の話題に踏み込んでいきます。自分の意思で新たな企画を通すためにどうすべきか(例えばいかにして自分の提案が優れているかを示すためにA/Bテストを実施するなど)、周囲をいかにして巻き込むか、エレベーターピッチなど上長にシンプルかつスピーディーに提案を通す方法論、通りやすい企画書に求められる条件、そして上位の役職者に自分の企画を納得させるために何に注意すべきか、といった「仕事で独り立ちする」ためのポイントが紹介されています。


そして最後の8章では、ゲーミフィケーションなどの方法を通じて「いかにして仕事を楽しめるものにするか」、さらには自分のキャリアをステップアップさせるためにどの「ゾーン」(コンフォート / ラーニング / パニックの各ゾーン)に身を置くべきか、といった「リーダーになった後の仕事のやり方」についての話題が紹介されています。


ところで、その8章の終わりにこんなメッセージが出てきます。「初めはみんな下手だった」即ち誰しも初めからゲームが上手い人なんて誰もいない、上手い人は皆チャレンジして様々なステップを経て経験を積んで解決策を会得したからだ、というわけです。そこで引用されるのが、アインシュタインの言葉とされる「ゲームのルールを知ることが大事だ。そしてルールを学んだあとは、誰よりも上手にプレイするだけだ」という一節*2。これこそまさに本書を貫く思想だと言って良いかと思います。

注目すべきポイントおよび感想など


本書は実は316ページもあり思ったより分厚い本なので、最初から通読すると結構お腹いっぱいになってしまうかもしれません。ということで、個人的に注目すべきポイントだと感じたところを以下にリストアップしておきます。

顧客のモチベーションを刺激する方法論の話題

ゲラの段階で読んで傑作だなと思ったのが、「七人の小びと」ガチャの話。当時いわゆるコンプガチャ規制が施行され、規制によってカード系スマホゲームの売り上げが各社とも伸び悩んだ時にある会社で編み出された起死回生の案が、白雪姫をテーマとしたゲームの中で「七人の小びと」のガチャを展開するというお話。コンプガチャ規制があるので「揃えなければ先には進めません」というガチャは今更できないが、誰にもガチャを引いてもらえないのも運営元としては悲しい。そんな時に「単純に七人全員揃えたくなるような」ガチャを展開したというのは、ジョークとしても出来過ぎたアイデアだと思います(笑)。


本書にはこんな感じの様々な「そんなビジネスアイデアがあり得るんだ」という話題がところどころに埋め込まれていて、若い人たちにとっては色々と参考になるのではないでしょうか。マクドナルドの創始者、レイ・クロックがある大学での講演で「私のビジネスはハンバーガーを売ることじゃない、不動産業だ」と言ったという話*3には、僕もなかなかの含蓄を感じました。

随所に散りばめられたアナリティクス思想

そもそも著者の方々がSQL黒魔術本やSEO技術本で有名を馳せたというところからも察せられるように、本書全体にデータに基づくアナリティクスという思想が散りばめられているように感じられました。その真骨頂が4・5章であることは言うまでもないかと思いますが、6〜8章でもデータに基づいて分析して行動すべしという姿勢が随所に出てきます。


これは僕個人の印象なのですが、どういうわけか本邦に限らず多くのビジネス実務に特化した現場では「ビジネスを進める」ということと「データを分析する」ということは別個のものとして扱われがちな印象があります。「データを分析することとビジネスとは関係がない」と言わんばかりの態度をとるビジネスパーソンは洋の東西を問わず見かけるものです。しかし本書では例えばA/Bテストが可能な環境を整え、平易なアナリティクスと組み合わせ、「今ここではどのようなゲームに勝つべきなのか」を見極められれば、必ずビジネスの向上につながると説きます。


という話題に一番近い事例を、実は先日このブログでも引き合いに出しています。

最近色々な記事で喧伝されているようにワークマンでは管理職への昇進の条件の一つとして「Excelを用いて適切なデータ分析をこなせること」を挙げているそうですが、それ以上にワークマンという会社の凄いところはこれだけ実店舗がメインに近い業態でありながらA/Bテストを積極的に実施しているところ、そしてそれを「このままでは頭打ちのニッチな(作業服チェーン)という業態から新業態への転換に当たっての検証に戦略的に用いている」点だと見ています。


そもそも実店舗のように迅速なオペレーションを広範囲に実施することが難しい業態でありながら、あえてA/Bテストが可能な環境を整え、そこに全社を挙げてのデータ活用というカルチャーを置くことで、市場の変化や自社ビジネスの状況をデータに基づいて踏まえた最適な意思決定を可能にし、9期連続の増収と4期連続の最高益更新というビジネス上の大きなインパクトを叩き出しているわけです。あくまでも例えばの話ですが、ワークマンの事例を紐解きながら本書を読むと大きな示唆に恵まれるのではないかな、と思う次第です。

攻略本というか教科書的な本なので、焦らずじっくり読むべし

全体のテーマとしては「攻略本」なのですが、本の体裁としては図表も多いものの字が細かく多い印象があり、どちらかというと「教科書」的な雰囲気がある本書。ゲーム攻略本と同じノリでサクサク読もうとすると、内容のボリュームが濃くて細かくて消化不良になるかもしれませんので、急いでパラパラと読むというよりはそれぞれのテーマごとにつまみ食いするような形で「そこだけ」読むというやり方をした方が良いような気もします。


個人的に若い人たちにお薦めなのは「先に仕事に直接関連するところから読む」という方法。マーケティング関連の仕事をしている人なら、先に4・5章から読み始めて、実際に仕事で口やかましく言われるテーマが多い6章を読んでから、2・3→7・8章と読み進めた方がすんなり内容が頭に入ってくるかもしれません。


僕のようなある程度歳もいっていて相応に現場でビジネス経験を積んできた人間からすると「これよく現場で見かけるあるあるじゃん」となるネタの多い本書ですが、社会人1-3年目ぐらいで必ずしも現場で生のビジネスが動く様子にまだ慣れていない若い人たちにとっては、良い「攻略本」になるのではないかと思います。

*1:何のトレーニングかは察してください笑

*2:ただしこの言葉はアインシュタインのものではないという指摘があるようです: See Albert Einstein - Wikiquote

*3:マクドナルドよりも美味しいハンバーガーを作るだけなら幾らでも他店でも出来るが、人が集まって利便性の高い場所の不動産に狙って出店し続ければ「そこそこ美味しく迅速に提供される」ハンバーガーさえ作れる限りは他店はマクドナルドには追随できないということ