渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ

元祖「六本木で働くデータサイエンティスト」です / 道玄坂→銀座→東京→六本木→渋谷駅前

データドリブンの「文化」を組織に定着させる方法とは

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(Image by Gerd Altmann from Pixabay)

ハーバード・ビジネス・レビュー本誌に昨年3月に掲載された大御所ダベンポートの記事が、昨年末に日本語版の方に翻訳されて出ていました。今年初めに目は通していたのですが、ちょうどネタ切れで記事に困っていたので昨今データ活用のための組織文化についての議論を見かけることが増えてきたので、こちらの論説の内容をザッとまとめた上でついでに個人的な経験と見聞に基づく私見もまとめてみようかと思います。


なお、元記事はまだUSでコロナ禍が本格化する前の2020年3月に掲載(つまり執筆されたのはさらにそれ以前)されたものなので、コロナ禍の影響についての言及がない点に注意が必要です。

要旨

  • CEOがデータドリブン文化の旗振り役でなければならない(=CEOの意識改革が必須)
  • 体験ベースの教育プログラムを用意すべき
  • 上級職のリーダーが率先して範を垂れる必要がある
  • データドリブン文化を推進した人に昇進や昇給などで報いるべき
  • ソフトウェアとハードウェアを用意するのみならず「文化」も必要

CEOが旗振り役となる


これは割と言い古された論ですが、今でも重要どころか「今だからこそ重要」と言えるかもしれません。CEO自身がデータドリブンな意思決定と業務改善を推進することは、会社全体がデータドリブンな文化にシフトしていく上では最重要と言っても過言ではないでしょう。例えば、社長が「数字嫌い」「経営は長年の経験と勘と度胸でやるものだ」などと公言する企業に、データドリブンな文化を根付かせられるとは誰も思わないはずです。当たり前ですが、何事もトップが率先して範を垂れればこそ組織全体に速やかに浸透するというものでしょう。


ただ、これは一方で「CEO自身がデータドリブンな文化の『中身』を具体的に作るべき」ではないということにも注意が必要です。邦訳記事中でも「データドリブン文化のコーチ役はCEO自身でなくても良く、例えばCDO(最高データ責任者)でも良い」という趣旨のことが書かれています。大事なことは「役員会などエグゼクティブレベルでデータドリブン文化のコーチングを行う」ということですね。


好例として挙げられるのは、やはりワークマンの事例でしょう。ここでの旗振り役はCIOでしたが、真っ先に役員レベルで率先して全ての取引・在庫データを電子化・集約化に取り掛かり、「全てを数字とデータに基づいて議論できる」枠組みを作り上げたという点にその慧眼ぶりを感じさせられます。「会社のトップマネジメントの意思としてデータ基盤を作り上げた、さぁ次は社員たちがデータドリブン文化に馴染む番だ」という強いメッセージが、データドリブン文化の浸透を促すという見事な実例です。


データ教育を拡充する・率先して範を垂れる・適切に報いることで推進する


HBR記事では、CEO及び役員レベルによるトップダウンなデータドリブン文化の導入がなされた後にさらになすべきこととして、3つの施策を挙げています。「データ教育の拡充」「模範を示す」「昇進と報酬」です。


1つ目の「データ教育」は、実際に先述のワークマンの事例でも出てきます。そもそも「全員データ経営」のワークマンでは全社員向けデータ分析講習と、それを修了した社員のみが受講できる中級者向けデータ分析講習とがあり、基本的なPOSデータ分析システムの操作法に始まり、Excelを用いた初歩的な集計から、さらには統計学の基礎、回帰分析、需要予測、数値シミュレーションというように段々と高度なデータ分析技術を習得できるようになっています。さらには「誰でも頑張れば90点くらいは取れる」習熟度テストも用意されており、社員全員がそのレベルに達することが義務付けられています。「全員データ経営」の面目躍如と言うべきでしょう。


なおHBR記事でも「座学よりはデザイン思考の訓練、グループでの問題解決、実践的なハッカソンといった体験的プログラムの方が良い」ということを言っており、これには僕も大いに同意するものです。実際、僕が自社で毎年開講している初心者向けデータサイエンス講座も、実践的なデータ分析課題を必ず全員に解いてもらうことで、データ分析の威力を「体感」してもらうことを重視しています。


2つ目の「マネジメントが模範を示す」というのは、正確には「マネジメント層が率先してデータ活用を社員たちに促す」ということを言っています。この点もワークマンでは実践されていて、会議の場におけるいかなる提案も「データとエビデンスに基づいていなければたとえ社長の提案であっても通らない」そうです。これは勿論上述のように「誰でも触れる」全社共通データ基盤があればこその話なのですが、裏を返せばデータ基盤さえ整備されていればそういうカルチャーを容易に導入できるということでもあります。


ちなみに全社データ基盤があることの利点として「そもそもデータを得るための社内(場合によっては社外)折衝が不要になる」という点があります。先日「データサイエンティストに社内調整能力は必要か」という議論が盛り上がったことがあり、しんゆうさんのブログでも話題にされていましたが、全社データ基盤があればその手間も大幅に省けます。その点へのマネジメント層の理解とサポートがあるのとないのとでは大違いです。


そして3つ目の「昇進と報酬」は言わずもがな。データドリブンなアプローチで会社に貢献した社員を、きちんと昇進させ報いるということですね。この点もやはりワークマンでは重視しているようで、そもそも本社部長クラスに昇進するには「データ分析スキルに優れていること」が必須条件とされていてなかなかに先進的です。データ活用に秀でた社員を「ただの芸達者」であるが如く邪険に扱う企業では誰もデータ活用に励まないわけで、こういう「ご褒美」がちゃんと用意されていることはデータドリブン文化の浸透には必須だと言っても過言ではないでしょう。


ソフトウェアとハードウェアだけではなく「文化」が必要だ


これは既に述べたことの繰り返しにも見えますが、ダベンポートによればそういうことではないようです。HBR記事の最後にはこのように書かれています。

数年前、ある消費財企業のアナリティクス担当グループは、シニアマネジャー一人ひとりについて、データ/アナリティクス志向の程度を見極めるために分析を実施した。


理解度が低いと思われるマネジャーには、姿勢を改めるよう個別に説得した。マネジャーの退職に際しては、すべての後任候補を分析し、最有力候補の中で望ましいデータ/アナリティクス志向に欠けていると思われる者がいる場合は、説得による介入を行った。


このやり方は狡猾に見えるかもしれないが、会社の成功のために行われたことだ。データドリブンの文化を推進する者は、まさにこのような考え方を取り入れるべきである。


データドリブンの文化の構築においては、どれほど疲れても休む暇などない。データとアナリティクスを非常に重視していた組織で、旗振り役のCEOが退任すると、旧来の直感的な思考と意思決定に逆戻りしてしまったケースを筆者らは知っている。

何を言っているかというと、要は「データドリブン『文化』である以上はその担い手はやはり『人』『社員』である」ということです。これは引用箇所の最後にもあるように、データドリブン文化導入の旗振り役だったCEOがいなくなった途端に逆戻りしてしまったという事例が端的に表しています。結局は組織の中にいる「人々」の多くが共感し実践することで「文化」は浸透し定着するということであり、その共感が消えるだけで簡単に「文化」は崩壊してしまうのです。ちなみに僕が伝え聞く範囲では日系大企業でもCEOの鳴り物入りでデータ分析部門が作られデータ活用が普及したのに、CEOが退任した途端に分析部門がお取り潰しになって中の人も散り散りになったという事例があります*1


感想など


気が付いたらHBR記事を下敷きにして論じていたはずが、いつの間にかワークマンの事例を紐解く論説になってしまいました(笑)。とは言え、それはワークマンのデータドリブン経営がHBRで論じられるような世界最先端のデータドリブン経営に比肩するほど先進的であるということでもあり、もっと言い換えれば「日本でも世界最先端のデータドリブン経営は不可能ではない」という希望の光が見える話でもあると思います。


一方、今回紹介したHBR論説の著者であるダベンポートは「ビジネスへのデータサイエンスの活用」というテーマで経営学的研究をもう10年20年も続けているわけですが、その彼が2020年にもなってトップダウンでなければ組織にデータ活用文化は定着しない」と言っているわけで、これは実は非常に重い指摘だと思うのです。つまり「ボトムアップで組織にデータ活用文化は定着し得ない」ということでもあり、もっと言ってしまうと「現場の社員の側がどれほどデータ活用を取り入れ浸透させようとしてもそれだけでは難しい」ということなんですね。


現場の努力も大事なのですが、他方でワークマンがいち早く取り入れた「全社データ基盤」のような代物の導入にはやはり経営陣による努力が不可欠です。CEOを初めとする組織のトップマネジメントが率先してデータドリブン文化を取り入れ促進することこそが重要なんですよ、というお話でした。

*1:以前何かのメディア記事で分析部門がお取り潰しになった後のその企業が「データ活用でトップステータスにある」と紹介されていて苦笑いしたのを思い出します