渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ

元祖「六本木で働くデータサイエンティスト」です / 道玄坂→銀座→東京→六本木→渋谷駅前

データ分析人材の長期的キャリアという迷宮

f:id:TJO:20190508155555p:plain
(Image by Pixabay)

先日出たこんな記事が注目を集めていたようです。

私はデータサイエンス的エンジニアになりたいのか?データサイエンス的コンサルタントになりたいのか?なんもわからん

タイトルにもなっていて、記事中で提起されている「データ分析者のキャリアなんもわからん問題」は僕にとっても全くもって他人事ではありません。一方で僕自身この仕事をするようになって7年ほどが経ち、データ分析人材がどのようなキャリアをたどっていくかについてある程度見聞や知見が貯まってきているということもあります。


ということで、あくまでも僕自身が見聞した範囲での話にはなりますが、データ分析人材即ちデータサイエンティスト&機械学習人工知能)エンジニアの長期的なキャリアがどのようなものになっていくかについて、ちょっと考察してみようと思います。勿論異論・反論色々あり得るかと思いますので、コメント欄なりブコメなりでお寄せいただけると有難いですm(_ _)m


空前のブームに沸く一方でロールモデル不在というアンバランスさ



今年の3月にGoogleトレンドのデータからデータサイエンティストブーム及び人工知能ブームの今後を占ってみた記事ですが、結論としては「向こう1年間はブームが続く」というものでした。これについては僕も今のところ判断を変えていません。おそらく今後も数年は今のペースで、データサイエンティストも機械学習人工知能)エンジニアも持て囃され続けるのではないかとみています。


しかしながら、たったの5〜6年でいきなりブームが沸騰して一気に大量の若い人材が市場になだれ込んだせいで、スキルの習熟度や(データ分析の)経験の多寡とは無関係に、キャリア的にはアーリーステージつまり駆け出しに当たる人々がそこら中に溢れるようになってしまったように見えます。そのため、既に社会に定着して久しい他の職種であればロールモデルとして仰ぐべきシニア層がそこかしこにいるはずなのに、データ分析人材の場合は周囲はおろか社会全体を見渡してもロールモデルになるべきシニア層が殆ど見当たらないという事態になっています。


この問題の難しいところは、同じようにデータ分析(ここでは機械学習統計学に関わる分野を想定する)を担うとは言っても、例えばアカデミックな研究者や企業研究所の研究員といった「ブーム以前から伝統的に存在する」職種には既に多くのシニア層がおり、特にロールモデル不在という状況にはない点です*1。言い方を変えると、これまでデータ分析人材がいなかったor乏しかった産業界においてロールモデル不在に由来するキャリアクライシスの危険性が集中しているわけです。


さらにこの問題を難しくしているのは、往々にしてデータ分析人材たちの上長やマネージャーに当たる人々たちがデータ分析人材「ではない」ということ。黎明期の頃からデータ分析組織を整備してきたところであれば上長やマネージャーもデータ分析人材であるケースが散見されますが、それ以外の大半の企業や組織では上長やマネージャーはあくまでもマネジメントをする人たちでありデータ分析をする人たちではないように見受けられます。これは、若いデータ分析人材から見れば「昇進して地位が上がったらデータ分析をしなくなる」もしくは「この先には自分が今やっているような仕事が出来るポジションはない」ということを意味することでしょう。そこにも多くのデータ分析人材たちの戸惑いを生む原因がありそうです。


得てして、データ分析人材の多くは「統計学機械学習を活かした専門的な仕事ができる」という点に惹かれて職に就く傾向があるため、「キャリアが長くなるにつれていずれどこかの時点でデータ分析をしない立場になる」可能性があることや、「データ分析の仕事を末長く続けたいがそのようなシニアロールが見当たらない」という現実に対して、大幅な職種転換のみならず失職の可能性まで含めたキャリアクライシスが立ちはだかっていると感じているように見えます。そしてそれは他ならぬ僕自身にとっても同じことだったりします。


特に、統計分析に基づいてレポーティングや意思決定のサポートを行うデータサイエンティストの場合、自分たちの仕事が地味に見える一方で、昨今のDeep Learningブームに乗って機械学習エンジニアの人々が「GANでこんなことが出来ました」「強化学習でこんな面白いものが出来ました」みたいな華やかな成果を沢山叩き出しているのを見て羨ましく思ったり焦燥感に駆られたりする、ということがあるのかもしれません。単に隣の芝生が青く見えるだけ、の可能性もありますが。。。


既にデータサイエンティストの仕事を7年やっている僕でもそう思うのですから、ずっと若くキャリア初期のステージにある若い人たちはきっと尚更でしょう。「このまま今の仕事を続けていった場合、一体自分はどこに向かっていくことになるんだろうか?」「10年後に果たして自分の仕事はあるんだろうか?」と不安に駆られるのも無理からぬことだと思います。


ブームが去った後もしくはキャリアが積み上がるにつれて個々の分野・業界のよりgeneralなロールに融け込んでいく



個人的には今年のスキルセット記事でも書いたように、データサイエンティストは「アナリスト」の延長上にあり、機械学習エンジニアは「エンジニア」の延長上にある存在だと考えています。故に、ブームが去ってより汎用的な職種に移行することを企業や組織から求められたり、もしくはキャリアが積み上がってもはや「自分ではデータ分析をしない立場」に昇るようになったりした際には、データサイエンティストは一般的な「アナリスト」やその関連ロールへとシフトし、機械学習エンジニアは一般的な「エンジニア」や同様の技術系ポジションへとシフトしていくのだろうと想像しています。


これが例えば、僕にとって馴染み深い広告・マーケティング業界であればデータサイエンティストは「アナリスト」や「マーケッター」の中に融合されていくのでしょう。コンサルティング業界ならやはり「コンサルタント」になるのかなと。機械学習エンジニアの場合は、よほどの理由がなければどの業界でも「エンジニア」の中に融合されていくのではないでしょうか(中には「アナリスト」になっていく人もいる)。また実際にそういう変遷を経て、データ分析人材ではなくなりもっと一般的な職種へと移行した人の例を沢山知っています。ただ、「アナリスト」「マーケッター」寄りの立場のデータサイエンティストが「エンジニア」になった例は思ったよりも珍しい気もします(いないわけではない)。


そのようにより一般的な職種へと移行した場合は、程度問題ながら自ずと「もはやデータ分析をしない人」になるのでしょう。これはデータ分析人材のキャリアという観点で言えば「キャリアの終了(断絶)」ということにもなるのかもしれませんが、それはそれで一種の終着点たり得ると思います(当人たちが納得するかどうかは別として)。


ところで、僕が7年間この仕事をしながら見聞してきた範囲では、ごくごく限られた数に留まりますがシニアレベルに上がりながら同時に一般的なロールへとキャリアをシフトさせていった(僕よりも)先輩に当たる人たちの例があります。例えばある人はエンジニア部門の中のデータ分析チームのマネジメントを数年担ったのちにエンジニア担当の執行役員に昇進していますし、また別のある人はマーケティング部門でデータ分析に取り組み続けたのちにマーケティング部門全体のマネジメントを手がけるようになっていたりします。中にはデータ分析部門での案件調整の腕を買われて、転職してデータ基盤構築のシニアコンサルタントに転じた人もいます。


つまり、データ分析人材のキャリアが積み上がっていった先にあるのは、それぞれが身を置く業界・分野におけるよりgeneralなロールのシニアポジションへの移行ではないか、ということです。それは例えばエンジニア部門でデータ分析をしていれば一般的なエンジニアを束ねるリードもしくはマネージャー的なポジションに、マーケティング部門であればマーケッターを束ねる長に、コンサルティング部門であればシニアコンサルタントやそのマネージャーに、それぞれシフトしていくという話ですね。


見聞の範囲では、どこの企業・組織でもデータサイエンティストや機械学習エンジニアがキャリアを積み重ねてくると多かれ少なかれそのようにキャリア指導をする傾向があるようで、その結果でもあるのでしょう。シニアレベルに進むほどに、よりgeneralなロールへと融け込んでいく。それがデータ分析人材の長期的なキャリアの(現状での)向かう先であるように見受けられます。


脅かすわけではありませんが、仮にキャリアが積み上がった際にそのような「よりgeneralなシニアロールへの移行」が出来ない人は、行き場を失って本当のキャリアクライシスに直面することになるのではないでしょうか。どれほどデータサイエンティストのような仕事がindependent contributor向きだといえども、実際にかなりのシニアレベルになっても現場でデータ分析「だけ」をし続けている人をフリーランスや起業以外のパターンで僕は殆ど見たことがありません、今のところ。


ただ、既にシニアポジションに就いている人たちの仕事ぶりを見る限りでは、自分たちで手を動かさなくなる代わりに豊富な専門知識とその経験を活かして、むしろ当人たちがジュニアだった頃よりも理想的なデータ分析「も」手掛けるチーム・部門・組織を作り上げ、より優れたアウトプットを組織的に出せるようになるという充実感も得られるようです。


その意味では、適切にデータ分析の影響力をより広く及ぼせる立場を目指していく、そのためによりgeneralなシニアロールにシフトしていく、というのはデータ分析人材が向かう先としてはアリなのかなと感じています。


日本のintelligence軽視という宿痾との終わりなき戦い


失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

ところで、最近僕が愛読している本の中に『失敗の本質』があります。「日本軍の組織論的研究」という副題がついているように、太平洋戦争において旧日本軍がどのような組織的問題を抱え、対する米軍がどのような組織的な工夫をしていたかについて社会科学的な分析と考察を行った名著です。その内容にはところどころ批判されている部分もありますが*2、全体としては非常に優れた論考と言って良いでしょう。


その中に、こんなパラグラフがあります。一言でまとめると「日本軍は情報(諜報)及びそれらの分析、総称してintelligenceに加えてそれらを担当する部署を軽んじていた」ということです。

情報、諜報の活用という点では、米軍に比べ決定的に劣っていた。個々の戦闘では米海軍と同程度もしくはそれ以上の攻撃力を擁していた日本海軍が敗れた原因の一つがここにあった。軍令部第三部は情報担当部門であったが、主流を形成するには至らず、その意見、判断が積極的に採用されることは少なかった。事情は陸軍でも同様であり、参謀本部でも作戦担当の第一部作戦課は、エリート中のエリートが集まり、他の部課、とくに関係の深いはずの第二部(情報担当)を無視する傾向が強かったといわれる。

他にも、ガダルカナルの戦いに先んじて中立国スペインで活動していた日本の諜報機関*3が送ってきた「米軍のガダルカナル島攻撃は(日本側の事前予想と違って)大規模反攻である」という情報が大本営によって「そんなに早期に米軍が大規模な作戦を南太平洋で展開してくるとは思えない」と握りつぶされた話なども出てきます。


これに対して、米軍がいかに情報そしてintelligenceを重視していたかというエピソードがこれでもかというくらい出てきます。ここでいちいち論うまでもない話ですが、旧日本軍に先駆けてレーダーを整備したのも米軍ですし、旧日本軍の暗号解読に莫大なリソースをつぎ込んでついに成功し、これを作戦立案に大いに活用し戦力面ではむしろ極めて劣勢だった*4ミッドウェー海戦で勝利したのも米軍です。


というように、少なくとも太平洋戦争における旧日本軍の状況を見る限りではそもそも情報とその分析、即ちintelligenceが重視されていないということが分かります。そして、僕がこの7年間日本の企業社会の中にあってつぶさに観察してきた範囲では、令和になった今でも日本的組織においてはやはりintelligenceは重視されていないように見受けられます。日本のintelligence軽視というのは、おそらく一種の宿痾なのでしょう。



この手の話題で必ず引き合いに出される@data_analyst_さんのブログにもこの辺の話が出てきます*5。僕よりも業界経験が長く色々な事例をご存知なだけあり、様々な「あるある」談義やつらみの話が出てきます。勿論その中には「いかにして日本的組織ではintelligenceが軽視されるか」という実態とその理由及び構造的な要因への考察もあります。興味のある方にはぜひご一読を薦めたいです。


そういうintelligence軽視のカルチャーの中にあって、データ分析人材がどのように生き延びていくか。というのが、長期的なキャリアを考える上でのもう一つの鍵になるのではないかと思っています。つまり、先述したように「キャリアを積み上げて」「シニアロールに昇って」というストーリーが描けるようになる前に、突然その価値が認められなくなって居場所を失うかもしれない、そういう事態が日本的組織にいる限りは起き得るということ。実際、そうやってデータ分析組織が消滅した日本企業の話を聞いたことは一度や二度ではありません。極端な話では「CEOの鳴り物入りで役員会直下に高度なデータ分析部門が創設されたが、経営陣のお家騒動でCEOが追放されると同時に分析部門も解散になって集まったデータサイエンティストたちも散り散りになった」なんて話すらあります。


そこまで極端ではなくても、「より理想的なビッグデータとデータ分析環境を求めて」複数の企業を渡り歩く、いわば「データ・ジョブホッパー*6ともいうべき人々は意外にもそれほど珍しくありません。むしろ近年の人工知能ブームを背景に、積極的にジョブホッピング的な転職*7を行う若い人たちも目に付く印象で、それがますます将来のキャリアの展望を複雑化させているようにも見えます。


そう考えると、今後もデータ分析人材の長期的キャリアを描くことは難しいままであり続けるようにも思われます。が、結局のところは現場で奮闘する個々人が自らキャリアを切り開いていくしかないのでしょう。もう40歳を越した身としては、少しでも若い人たちロールモデルになれるよう頑張らねばと思っています。。。

*1:平たく言えば研究者の場合は教授やPIなどラボ主宰者になるというキャリアパスロールモデルがあるので、大抵の人はキャリアには特に迷わない

*2:いくつかの戦史パートで史実の解釈が定説から外れているケースもあり、取り上げられている6つの戦いについてそれぞれ別に戦史を併せて紐解いた方が無難かもしれません

*3:詳細は東機関 - Wikipediaを参照のこと。NHKでも37年前に報じられた話題だが真偽は不明

*4:他のミッドウェー海戦の戦史録を読むと「米軍にとっては日本の連合艦隊の動向が分かったところで待っているのは遥かに強大な敵に襲い掛かられるという事実だけだった」という趣旨のことが書いてあります

*5:余談ながら『失敗の本質』について知ったのも@data_analyst_さんのツイートがきっかけです

*6:以前ネット上で「データ・ジプシー」と揶揄されているのを見たことがありますが、現在では「ジプシー」は差別用語とみなされるため本文中では避けました

*7:その方がより容易に年収を上げられるという側面もあるため