渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ

元祖「六本木で働くデータサイエンティスト」です / 道玄坂→銀座→東京→六本木→渋谷駅前

「データサイエンティストが『その会社の本業部門』にしかいない」問題

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(Image by Pixabay)

ちょっと前にこんなことを書きました。

これ、実は広告・マーケティング業界に限らずあらゆる分野業界のデータ分析事情について言えることなのですが、ここで言う「プロダクト部門」を「(その会社の)本業部門」と言い換えるとさらに普遍性の高い話であるように、僕の個人的な体験と見聞からは思われます。


ということで既に年末ポエムを書いてしまった後なのですが、今後データサイエンティスト(広義:よって機械学習エンジニアやデータアーキテクト*1などその他のデータ分析関連職種を含む)という職種の活躍範囲が広がっていくかどうかにも関わる論点の一つとして、この「データサイエンティストが『その会社の本業部門』にしかいない」問題について書いてみることにします。


なおいつもながらの但し書きですが、この記事は僕がデータ分析業界において個人的な見聞の範囲で書いたポエムに過ぎません。異論反論含めもっと広汎な経験をお持ちの方々からのフィードバックをいただけると有難いです。

本業部門にいるデータサイエンティストたちとは


概して、どんな企業であっても「本業」と位置付けられる事業があるものと思います。例えばですが、

  • 広告メディア企業:広告・マーケティング戦略及び運用
  • ハードウェアメーカー:ハードウェア製造&開発*2
  • webアプリ・サービス企業:アプリ・サービス開発(R&Dを含む)
  • エンターテインメント企業:ゲームなどのコンテンツ開発&配信
  • HRtech企業:人事情報分析&人事運用システム開発

というような感じになるのではないでしょうか*3。一般に、データサイエンティストや機械学習エンジニアといったデータ分析専門職の人々は、それらの「本業」を担う部門に配属されて、その「本業」をより改善し伸ばしていくためのデータ分析に従事していることが多いように思われます。


それらがどんなデータ分析なのかと言えば、上記の例については

  • 広告メディア企業:広告クリエイティブの機械学習による最適化、マーケティング分析モデルによる最適リソース配分
  • ハードウェアメーカー:自社ハードウェアの特徴的な機能についてのIoT的分析、並びにそれらの機能改善
  • webアプリ企業:UI/UX改善のためのデータ分析及びその機械学習による自動化、機械学習を直接利用した新規機能の実装
  • エンターテインメント企業:コンテンツの動的生成(UI/UX改善含む)、ユーザーターゲティングによる販促*4
  • HRtech企業:業務状況データからの人間関係グラフ分析*5、業務効率の分析及びその向上のための自動化システム開発

といったものがありそうです(僕自身の想像の範囲ですが)。少なくとも僕が見聞している範囲では、それらの「本業」に関わるチームにデータサイエンティストが配属され、上記のようなデータ分析に日夜勤しんでいるようです。「本業」をデータ分析を用いて効率化したり最適化したりすることで、事業そのものが大きく改善したり伸ばすことが出来たりすると見込まれているわけですから、これは当然のことでしょう。


「何を言っているんだ、当たり前じゃないか」というツッコミが飛んできそうで、実際こういうことを言っているとそういうツッコミが飛んでくるのが普通です。なのですが、この「当たり前」が問題になるシチュエーションが実はチラホラあったりします。


「その会社の本業部門」以外でデータサイエンティストが必要になるケースとは


僕はこれまで過去現在の現場において、B2Bの広告・マーケティング戦略&運用に関わるデータ分析の仕事をしてきていて、様々な事業会社の広告・マーケティング部門の人たちと話をする機会が公私問わず多くあります。そういう人たちと話していて割と頻繁に耳にするのが「色々データ分析をやってマーケティングの効率化や拡大を図りたいのだけどうちのチームには誰もデータ分析できる人がいなくて困っている」という相談。


そういう話になるたびに僕が毎回問い返しているのが「いやいや、御社の本業の〇〇部門には各種メディアに出ずっぱりの優秀なデータサイエンティストor機械学習エンジニアが沢山いるじゃないですか、彼らに頼めば良いのでは」というフレーズなんですが、大抵の場合は「とは言っても彼らは我々とは仕事が違うので…」というやり取りになってしまいがちです。


これは広告・マーケティングに限った話ではなくて、実際問題として例えば

  • webアプリ企業:アプリ開発部門には沢山データサイエンティストがいるが、広告・マーケ部門には一人もいない
  • ハードウェアメーカー:ハードウェア製品開発・製造部門には沢山データサイエンティストがいるが、人事部門には一人もいない

みたいな話は枚挙に遑がありません。それぞれについて、例えばAdtechとかHRtechとか言われるような統計分析や機械学習によるアプローチが既に確立しているor確立されようとしていて、それらを分析対象領域とするデータサイエンティストも世の中にはいるわけです。しかも個々の企業レベルで見た場合、それらの部門にたかだか一人データサイエンティストや機械学習エンジニアがいるだけでもかなり状況が改善されるはず、ということも少なくありません。


しかしながら上の方で書いたように「すぐ隣の本業部門にはデータサイエンティストor機械学習エンジニアが沢山いるが、広告マーケや人事部門には一人もいない上にヘルプも頼めないので、相変わらず勘と経験と度胸だけで広告マーケ戦略を立てたり人事戦略を立てたりしている」みたいな現場がままある、というわけです。ちなみにこれは、通常のITエンジニアに置き換えても同じ事態は多くの現場で起きているように見受けられます*6


根源的な問題が何かを考えてみる


この「データサイエンティストが『その会社の本業部門』にしかいない」問題、個人的な理解では以下の2要素に分解できるように思われます。

  • 縦割り組織(サイロ化)の問題
  • 特定の領域のスペシャリストvs.汎用的なジェネラリストのどちらなのか

前者は言うまでもないでしょう。「本業部門のデータサイエンティストなのだから、(例えば)マーケ部門や人事部門の仕事なんて手伝う必要はない」という考え方が支配的な企業では、当然ですがどのデータサイエンティストも手を差し伸べてくれることはないはずです。結果的に、広告代理店やベンダーに言われるがままに広宣費を垂れ流すマーケ部門とか、ベテラン社員の時代錯誤な勘と経験からとんでもないチーム配置を発令する人事部門が出来上がってしまうというわけです。


後者が実は結構難しくて、何故かというとそもそもデータサイエンティストや機械学習エンジニアは「本来の守備範囲の分野領域以外の仕事もこなせる存在なのかどうか」という疑問にぶつかるからです。


即ち、例えばアプリのUI/UX改善のデータ分析やコンテンツ自動生成のための機械学習を担っているデータサイエンティストや機械学習エンジニアが、その統計学機械学習のスキルをそのままHRtechなどで扱われるような「人事戦略のデータに基づく最適化」のような別領域にも対応できて、なおかつ高いクオリティのアウトプットを出せるものでしょうか? 僕の個人的な意見では「程度問題ながら出来るはず」だと思いますが、例としてテーブルデータ化されたUI/UX改善分析に長けたデータサイエンティストが突然グラフ・ネットワークデータ主体の人事データ分析を任されたら、少なからず戸惑うのではないかという気もします*7


一般に、巷では「データサイエンティストや機械学習エンジニアが企業で活躍するにはドメイン知識があって何ぼ」という言説が流布されています*8。これは言い換えると「狭いレンジの専門性にチューニングされたデータサイエンティストでないと活躍できない」という主張であり、それらの職種は特定の領域のスペシャリストであれという信念を意味します。ここではスペシャリスト志向」と呼ぶことにしましょう。


これに対して僕はどちらかというと「データサイエンティストや機械学習エンジニアは普遍性の高い統計学機械学習のスキルを広く有するべきで、所属する分野領域に合わせて後から適応すれば良い」という意見を持っています。言い換えれば、これらの職種は汎用的であるはずだし、またそうあるべきだという信念です。ここでは「ジェネラリスト志向」と呼ぶことにします。


で、これまでの7年以上に渡る僕のデータ分析業界経験から言うと、「スペシャリスト志向」と「ジェネラリスト志向」とは完全にケースバイケースで、極端な話「個々のデータサイエンティスト・機械学習エンジニアの嗜好次第」という側面があるようにも見受けられます。つまり、ひとたびその瞬間の専門領域をこれだと決めたらそこにひたすら閉じこもるという人もいれば*9、いつでも面白そうな分析テーマがあれば現在の担当職掌を乗り越えて手を出しに行くという人もいる、という印象です。


ただ、実態から言うと多数派のデータサイエンティスト・機械学習エンジニアが「スペシャリスト志向」であるようです(さもなくば上記のようなシチュエーションに度々出くわすわけがないので)。巷で「スペシャリスト志向」が奨励されているということも大きいのでしょう。結果として「本業の〇〇部門には沢山データサイエンティストがいるが仕事を頼めないので、相変わらず勘と経験と度胸だけでやってます」という広告マーケや人事の人たちが出てきているのかもしれません。


最後に


正直言って、この問題を解決する処方箋や名案を僕も持ち合わせているわけではないので、ここで問題提起をしても完全に「書きっぱなし」になってしまうのは否めません。一応、「ジェネラリスト志向」たる僕個人の願望としては「そういうサイロ化による弊害を避けるために全社横断的で汎用的なデータ分析部門を独立して立てるべき」だと思っています。ですが、そういう汎用的データ分析部門が成功したという事例を個人的な見聞の範囲では過去に一度も聞いたことがないので、悲観的に見ているのも事実です。。。


しかしながら、今現在主流の「スペシャリスト志向」のままではサイロ化も「本業とは裏腹にデータ分析の進歩から置いてきぼりにされる他部門」も改善できませんし、何と言ってもデータサイエンティストや機械学習エンジニアといった職種の活躍範囲が広がらないので、今後も引き続きどうしたらこの問題を解決できるかを考え続けていこうと思います。


ただし、ここで挙げている問題は日本だと「そもそも内製する人員を社内に抱えない」という、日本の企業社会の代理店・パートナー・ベンダー頼み体質とも密接に関連するように思われますが、そういう体質がない国外の企業*10でも同様である旨を頻繁に聞きますので、実は洋の東西を問わず非常に根が深い話だということを最後にお断りしておきます。

*1:データアーキテクトについては「データ基盤整備以下、分析本体以外のデータ活用に関して重要な役割を担う職掌」と仮に定義しておきます。今後別の記事で改めて論じるつもりです

*2:自動車メーカーなどもここに入るかなと

*3:業界の選び方はこの後の議論に合わせてあるので、若干作為的です

*4:スマホゲームを想像してもらえれば良いかと

*5:いわゆるpeople analyticsを想定

*6:一人でもITエンジニアがいて自動化システムのコードを書いてしまえばおしまいなのに、誰もコードが書けないので延々と人海戦術の手作業でやっているという話はあるある過ぎる印象

*7:実際問題としてグラフ・ネットワークデータ分析に詳しい人は思ったよりも少ないので、people analyticsとかいきなり持ちかけられたら困るデータサイエンティストは多いはず

*8:ナントカ協会やメディア露出する多くの有名人たちもこの立場

*9:現状維持バイアスというだけでなく、専門外の仕事に手を出して失敗するのは避けたいというリスク回避の側面もある模様

*10:大手グローバル外資企業含む