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六本木で働くデータサイエンティストのブログ

元祖「銀座で働くデータサイエンティスト」です / 道玄坂→銀座→東京→六本木

2012年春の転職活動について:研究者→民間企業

昔話 人材

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(Photo via Visualhunt.com)


そう言えば、今度の6月で僕が研究者を辞めて民間企業に転じてからちょうど4年になるのでした。この4年の間に、博士やポスドクから企業に転じる人も増え、あまつさえ助教から企業に転じたり、トップジャーナル・カンファレンスにズラリと載せている猛者が博士修了と同時に企業に好待遇で採用されるという事例まで出てきており、僕が駆け出しのボンクラ研究者だった頃に比べると博士号持ちの人が企業に就職するケースって増えてるんだなぁという印象が年々強まっています。


ということで、もう4年も経ったしそろそろ公にしても良いかなという気もしてきたので、その当時僕がどんな転職活動をしたかをブログ記事としてまとめておこうかと思います。ちなみに予め断っておきますが、数式もコードも含まれていないのでこの記事を書くのは普段のデータ分析系の記事に比べると格段に楽でした(笑)。


2012年春の転職活動の概要


せっかちな人のために、以下に簡単にまとめておきました。

  • 構図ポスドク→初めての民間企業
  • 背景
    • 高齢ポスドクゾーンに差し掛かっても将来の見通しが立てられず&アカデミック業界全体の景況感の悪化を嫌気して民間企業への転職を検討していた
    • 2011〜12年にかけてGoogleMicrosoftが旗振り役となって「統計学」「データサイエンティスト」への期待が膨らんでいた
  • 自分の売り文句:「元アカデミックな研究者にして実験科学データ分析のスペシャリスト」
  • 利用エージェントアカリク
  • 応募社数:6社
  • 結果:内定3社(サイバーエージェントに入社決定)、一次面接後不採用3社

事実としては大体こんな感じです。ちなみに転職活動に当たって一度に2社以上から内定をいただいたのは、後にも先にもこれっきりです。意外かもしれませんが、前回の転職も、前々回の転職も、最終的に入社した1社からしか内定はいただいていないのです(汗)。


転職活動に至るまでの経緯


そもそも何で研究者というかポスドクを辞めて民間企業に移ろうと思ったかというと、端的に言えば「ボンクラ研究者だった我が身としては30代のうちにポスドク生活から脱却できるとは思えなかった」というのが主たる理由です。特に僕がいた分野は普通のバイオ系ではなく色々と難しいことの多い業界だったこともあり、当時既に30代半ばで「高齢ポスドク」ゾーンに差し掛かっていてなおかつ業績も凡庸だったボンクラ研究者の僕としてはいい加減身の振り方を決めなければいけないなぁと思っていたのでした。またアカデミック業界全体の景況感としても例の「事業仕分け」以降雲行きが怪しくなった部分もあり、将来の見通しを立てにくくなっていたというのも遠因としてありました。


加えて、僕が若かった頃(新卒就活年齢の頃)に比べて民間企業でも面白いことをやっているところが増えてきたなという印象を、アカデミック業界にいる身ながらも抱くようになった、というのもありました。


ただしこの決断に至るまでの経緯の詳細について触れ始めると大幅な脱線は避けられないと思われるので、ここではこれ以上の言及はしません。また、この転職活動をしていた時期に特任助教として在籍していた機関及びプロジェクトについても現段階ではブログでのコメントは差し控えます。ま、どちらについてもいずれどこかでお話することもあるかもしれませんが。。。


どうやって自分を企業に売り込んだか


一般に、未経験者が日本で企業に就職するとなると新卒採用ルートを経るしかないわけですが。。。社会人経験ゼロで右も左も分からないポスドクが民間企業に入ろうと思っても、当たり前ですが30代半ばという年齢を考えれば新卒採用というルートを利用することはほぼ不可能です。そこで中途採用市場における博士・ポスドクの企業就職を支援してくれるエージェントとして、アカリクさんを頼ることにしました。

この時僕の担当に付いて下さったアカリクのエージェントさん*1が、ご本人の経験も踏まえて大変親身に相談に乗ってくださったので大いに助かりました。余談ですが、「ポスドク→民間企業」転職に限らず全ての転職は担当してくれるエージェントやリクルーター個々人の属人的な資質にかなり依存すると思うので、転職というものはエージェント選びからして既に「ご縁」の要素が強いというのが僕の持論です。


で、そのエージェントさんから様々な企業の求人を紹介してもらいながら、同時に考えなければいけなかったのが「どうやって自分を企業に売り込むか」。当たり前ですが、一部の例外を除くほとんどの民間企業は中途採用に当たっては「即戦力」and/or「実務に活かせる高いスキル」を求めています。しかもこれまた当然ながら「その企業のビジネスにおいて活かせるスキル」を要求します。よく分からない中途半端なバイオ系実験科学分野のポスドクを、単にPhD持ちの元研究者で凄そうだからという理由で雇ってくれる企業なんてまずありません。


そこで、エージェントさんと相談した上で決めたセールスポイントが「元アカデミックな研究者にして実験科学データ分析のスペシャリスト」。いやお前嘘ついてんじゃねーよ!と怒られそうですが(笑)、元の専門分野でマニアックなデータ分析手法を用いた論文*2とか書いていたもので、うまくビジネスニーズに合わせたストーリーを仕立ててデータ分析のスキルをアピールしていけばいいんじゃないかという話になったのでした。


というのも、その背景として当時既にMicrosoftやGoogleが「統計分析こそ次の10年でテクノロジー分野において最もホットな職業になる」と喧伝していたからです。その頃はまだ「データサイエンティスト」という言葉はほとんど知られていなかったものの、既に「ビッグデータ」がバズワードになり始めていた時期でもあり、データ分析に対する特にIT業界というかtech業界からの期待感は高まってきていたのでした。実際問題、「データサイエンティスト」が英語圏でメジャーになるのは2012年の秋、日本でブームが始まったのは2013年の春。まさに黎明期だったわけです。もちろん、その趨勢を踏まえて応募先はtech業界及びtech系ポジションに絞ることになりました。


ちなみに、通常の企業エンジニア・ビジネスパーソンの転職活動であっても「ポータブルなスキル」のアピールは非常に大事です。当然ながら「自社でしか役に立たない」スキルはどこの他社に行っても何のアピールにもなりません。「自社でも他社でも普遍的に役立つ」スキルがあること、そしてそれをアピールすることが転職活動における最重要ポイントです。


にしても今にして思えば、当時はまだまだ牧歌的な時代だったんですよね。何せ、機械学習も数理統計学も専門とはしていなかった、ちょっとマニアックなデータ分析が出来るというだけのバイオ系の実験科学分野のポスドクがノコノコ企業の中途採用面接に出向いていって、あまつさえ内定まで貰えたわけですから。。。今の僕なら4年前の自分なんて当然のように門前払いにしただろうにと思うにつけても、やっぱり時代が良かったのでしょう。


採用選考の経過


そんなわけで、全部で15社ぐらい検討の俎上に昇ったのですが最終的に応募したのは6社。そして4月以降どんどん書類選考が通ったこともあって片っ端から面接に行ってきたのでした。


個人的には、これらの面接を通じてさらに民間企業で行われるビジネス実務の理解を深め、その面白さにどんどん惹かれていったという部分もあり、極めて有意義な就活だったと思っています。


そうそう、当たり前ですが面接には一張羅のスーツを着ていきました。博士・ポスドクだと服装マナーとか世間から隔絶し過ぎて綺麗さっぱり忘れている人も多いと思うので、変にビジネスカジュアルとか狙わずにスーツを着た方がどう見ても無難です。

内定


内定を得たのは計3社。このブログを最初期からお読みの方ならご存知の通り、最終的に入社したのはサイバーエージェントでした。以下、実際に入社したサイバーエージェントのみ社名を出すこととし、残りの企業の社名は伏せることといたします。

サイバーエージェント(CA)


エージェントさんから「今までアカリクから応募した人全員が討ち死にしてますがお薦めですよ」というので応募してみたら、いきなりCTOの佐藤真人さんに引き合わされ、そこで大変気に入っていただけてその1回限りの面接で内定*3。流石はシリコンバレー駐在経験もある佐藤さんだけあって、途中で英語のみでの質疑を要求される時間帯もありました*4。もちろん、研究者時代の論文の中身やその中で用いたデータ分析手法がどのようなビジネスに応用し得るのかについての説明も求められましたし、コーディングスキルの程度と新しいコーディング言語の学習意欲、そして「そもそも何故企業で働きたいと思ったのか」という点についても聞かれました。


ちなみにこの面接の時はたまたま同じフロアで新卒対象のイベントが開かれていたんですが、そこに出入りする社員が物の見事にCA的バリキャリイケメン&キラキラ美人女子ばっかりで、度肝を抜かれたのは今でもよく覚えています(笑)。でも「今まで地味〜な研究の世界にいたことだし、こういう華やかな世界で働いてみるのもいいな」と思ったのも事実です。


そういえば僕は内定をいただいた時点ではまだ決め切れなくて、後日エージェントさんを介してお願いして当時Amebaラボに所属されていたデータ分析関連の開発エンジニアの方*5と個別に面談を入れていただいたのでした。その方から聞いた機械学習Hadoop周りの技術開発の様子が楽しそうだなと思って、最終的に入社を決心しました。


様々な個人的事情があって既に退職してはおりますが、しがないポスドクだった僕を拾ってくれただけでなく数多くのトレーニングの機会を与えてくれ、特にHadoopエコシステム周りの実地経験を(未経験で業務効率が酷かったのにも目をつぶって)積ませてくれたCAという会社と、「遅れてやってきた新人」に何から何まで手取り足とり教えてくれたCAで出会った全ての同僚の皆さんには本当に感謝しております。冗談でも何でもなく、CTOの佐藤さんに出会わなかったら、そしてCAに入社しなかったら、今の僕はなかったと言っても過言ではないと思います。

日系web系企業


人事面接は免除。事前に応接ロビーでSPIを一通り解かされた上で、現場エンジニア2名との一次面接に臨んだのでした。そこで話した内容は実は上記のCAの開発エンジニアの方と話したのと大体同じで、面白そうな仕事をやっているんだなという印象を持ちました。


その次はもうCTOとの最終面接。大変闊達な方で、今後どんなビジネスプランを展開していくつもりかとか、そこに僕がこの先磨いていくスキルでどんな貢献ができるかとか、そんな話で大いに盛り上がりました。そしてCTOには相当に気に入ってもらえたようで、僕はその場で内定をいただいたのでした。でもその後CAの面接を受け、最終的にCAの方が魅力的だなと感じたので申し訳ないながらも辞退。

外資系中小コンサル


人事面接は免除されて、まず現場責任者(部長)との一次面接。これが物理のPhD出身という大変お話の面白い方で、この時伺ったことがそのままその後の僕のデータサイエンティストとしてのキャリアの方向性を決めたと言っても過言ではないくらい強い影響を受けたのでした。なおこの時、

部長「ポアソン分布について知っていますか」
僕「知っています」
部長「ポアソン分布の性質を言えますか」
僕「発生確率が非常に低い事象を表現するのに適した、離散型の確率分布です」
部長「では、ポアソン分布の確率質量関数を今この場で即答できますか」
僕「」

というやり取りがあったのを今でも覚えています。企業の世界は厳しいんだなぁ。。。と実感した瞬間でした(汗)。


その後社長+役員との最終面接を経て内定。手がけるビジネスとその具体的な事業は大変面白そうだったものの、客先常駐メインのコンサルということで僕には肌が合わないかなと思ったのもあり、また会社としてのネームバリューが当時はまだ発展途上で心細さを感じていたので辞退。ただ、後に経営者の友人からデータ分析業務を外注したいがどこが良いかと相談された時に、こちらの会社を紹介させていただいたので少しはご恩に報いられたかなと。


不採用


不採用は3社。全て書類選考は通ったものの、一次面接で落とされています。

外資系消費財メーカー


人事面接は免除されて、IT部門の責任者氏(インド人)と面接。主に日本語で話しましたが、一部英語でやり取りした時間帯もありました。研究の話とかシステム周りのスキルの話とか色々話したものの、後から「そもそもITインフラ・DB経験のある人が欲しかっただけでデータ分析したいという人は要らない」というフィードバックが送られてきてあっけなく不採用。

日系ITベンチャー


人事面接は免除されて、現場エンジニア2名(どちらも外国人で片方は欧州、もう片方は確か南米の人)と英語で面接。2名とも僕の論文の話に食いついてくれたりそのデータ分析手法からどんな新しい面白いことが出来るかとか根掘り葉掘り聞いてきたり、と意気投合したものの、先方人事から「新卒博士の採用実績はあるがポスドクの採用実績は前例がなく不安が払拭できない」というフィードバックが来て不採用。大企業でなくてもこんなことはゴロゴロあるのです。

日系ソシャゲ企業


人事面接で通り一遍のことを質疑応答した後「どれほどPhDを持っていてデータ分析のスキルがあろうと実務経験のない人は難しい」というフィードバックが来て不採用。同じセリフを僕自身が後に採用担当として何人かのポスドクに向かって投げつけた身としては、この会社のことを責めることはできません(汗)。


4年経って振り返ってみて


よくもまぁこんな何のスキルもない畑違いのポスドクが民間企業へと移れたよなぁ。。。と今でも思います。何度でも書きますが、やっぱり時代が良かったのでしょうね。裏を返せば、当時はまだデータ分析職にどんな人材を集めれば良いのか各企業とも全然分からずほぼ手探り状態だったわけで、そこで曲がりなりにも博士号持ちというのはそれなりのアピールになったかもしれません。今の僕なら、4年前の自分は容赦なく門前払いにしますけどね(笑)。


もちろん、CAに入社した後は(どころかその次の職に移った後になってからすらも)自分からアピールしたデータ分析スキルを確かなものとするべく、統計学機械学習の諸分野とIT基盤技術の猛勉強が必要になりました。いかな学部時代に応用統計学パターン認識について学んでいたとは言え、そして研究者時代もマニアックなデータ分析ばかりしていたとは言え、2012年の時点では何もかも知らないことだらけ*6。。。復習どころか全くのゼロから勉強仕直しという項目ばかりでした。今でも数理統計学機械学習の理論とコーディング周りはスキル不足が甚だしいので、この勉強には死ぬまで終わりがないんだろうなと覚悟しています。。。そしてその勉強成果をだらだらと書き留めたものがまさにこのブログというわけです(汗)。


一方で、CA在職時に何故か事業部の技術委員会のメンバーに加えられた際に、CTO佐藤さんから「尾崎さんの肩書きはData Scientistってことでいいよね」*7と言われて以来、僕のprofessional titleは一貫してデータサイエンティスト(Data Scientist)ということになっています*8。これまた「ご縁」以外の何物でもない話であり、有難いことだと思っています。


待遇に関して言えば、ここであげつらうまでもなく企業に移ってからの方が遥かに良くなりました。そもそもポスドク時代の給料に比べれば○倍になったわけで*9。。。そして一度企業社会に移ると、スキルを評価されての転職であれば転職するたびにほぼ必ず給料が上がっていくので、これに関しては明らかに研究者を続けているよりは良かったんじゃないかなと。


仕事に関して言えば、考え方は人それぞれだと思います。ここでは以前の記事でも紹介したMatt Welshのブログ記事("Volatile and Decentralized: Running a software team at Google", "Volatile and Decentralized: The other side of "academic freedom"")をお薦めするに留めます。僕は企業社会に転じて以降3つの企業を経験していますが、どこでも十分過ぎるくらい知的好奇心の満たせる仕事をやらせてもらえていて個人的には満足しています。


ただ正直に言うと、4年前の転職活動に関して言えば当時はまだ研究者を辞めたてで今よりも英語もマシに話せた時分なので*10、もっと外資企業を受けてみても良かったのかな?という反省はあります。ま、今現在外資企業にいるからこそ言える話かもしれませんが(笑)。


ちなみにこれまた今だから書いてしまうと、僕がCAの次に移ったリクルートコミュニケーションズ(RCO)で出会った「教授」氏も実は面識がなかったものの理研BSIの同僚で、かつ全く同じ2012年の初頭に研究者を辞して民間企業(= RCO)に移っていたのだと後で聞かされたのでした。僕の元の専門分野の研究者で、2012〜15年の間に民間企業のデータ分析職に就いた人は僕も含めると直接知っている範囲だけでも計6名、うち理研BSIのOBが5名。そういう時代の趨勢だったのかな、というのが偽らざる感想です。


現在ではアカリクさん以外でも博士・ポスドクの就職サポートを手がける転職エージェントが増えてきていて、中には博士新卒でも中途採用扱いで事実上アカデミックから引き抜かれる形で企業に就職するケースも出てきていると聞きます*11。この記事が今後企業就職してみたいと考える博士・ポスドクの皆さんの参考になれば幸いです。

*1:既に退職なさっていますが

*2:一覧がGoogle Scholar Citationsにあります

*3:「コミュニケーション能力がずば抜けて高かった」のが採用理由の一つになった、と後で伺いました

*4:当時のCAはスマホ事業部に大人数の外国人エンジニア部隊がいて、英語ができることが望ましい条件の一つだった

*5:ちなみに残念ながら僕が入社する直前に退職されました。。。

*6:例えば僕の学部時代のテキストにはまだSVMもランダムフォレストも載っていませんでした

*7:外国人エンジニア主体の委員会だったので肩書きも最初は英語だった

*8:結局前職でも現職でもData Scientistのtitleで通しています

*9:ちなみに平均的なテニュア助教と比べても遜色ないどころか場合によっては上回る待遇です

*10:まだ理研BSIの「英語公用語」環境で身につけた英語の遺産が生きていた頃

*11:さすがに企業からも引きの多い情報系の話ですが