ここ最近、データ分析業界では有名な博士人材の方々が相次いでアカデミア(学術界)から離れる事態になっているようで。また、それに輪をかけるかのようにキツいオチのついたブログ記事も人気を集めている模様で。
言うなれば、優秀な船員がどんどん降りていく船のように感じられた。もしかして操船する者がいなくなって沈没するのではないかとも思った。「残った船員だけでも船は問題なく動くさ」と言う人もいる。実際、船はそう簡単に沈没するものではない。だが、一度抱いた不安はなかなかぬぐえなかった。
ちなみに優秀であれば業界の状況はさして障害になりません。上位10人とかそういうレベルの話ですが(適当ですが、社会学は規模が小さいので)。なので、自分が優秀であるという自信があるのであれば、業界がどんな状況かは関係なく、普通に努力していれば普通に就職できるでしょう。踏み越えていく屍が10人か100人かという差でしかありません。しかし、私は屍を踏み越えるのも屍になるのも嫌です。
情報系博士課程のあなたへ。死なないで。
僕自身が博士人材と称される立場にある(あった)だけに色々思うところがあり、それだけにデータ分析業界に少なくない博士人材・ポスドク人材の人々の動向には注目し続けているのですが*1、やはり何となくではありますが「アカデミアに残る」のではなく「企業に就職する・起業する・ともかく産業界に転じる」人が徐々に増えてきているように感じます。
そして、そもそもソーシャル絡みで知っている人のみならず、様々なセミナーやカンファレンスで知り合った博士の人々の中からも、アカデミアに背を向けて産業界へと転じる人が少なからず続いている状況です。彼らと話すと、やはり風向きが変わってきているという実感を抱きます。
ということで、今回はそんな博士人材の動向を見ながら僕自身が感じていることを、何となくつれづれなるまま書いてみようと思います。
新卒博士or博士課程在学者のケース
最近になって(少なくともここ2年以内)、新卒博士の間では企業に就職しようという流れがどんどん強まっているように見受けられます。一昔前であればR&D部門に力を入れていた製薬や電機などの最大手メーカーへの就職が多かったのですが、最近はどちらかと言うとコンサル系への就職が多いようです*2。
今年になってから僕は色々なところでデータサイエンティスト人材論的なテーマでお話させてもらっているんですが*3、その席に結構な数の博士課程院生の人々がいることがままあるんですね。で、講演後に色々お話していると「コンサルファームの○○に内定してます」「××(有名コンサル)に行くことが決まりました」みたいな話をよく聞きます。ちなみに、僕の古巣に共同研究で来ていた博士の学生さんも、少し前に某コンサルファームから内定をもらって入社を決めています*4。
もちろん、データ分析業界も然りです。前職の秋葉原ラボには博士卒の人々が多く集まっていましたし、広告部門のデータ分析部署にもやはり博士卒の人材が入っていました。あの渋谷のD社とかG社とかが新卒博士の採用に力を入れていることは知っている人も多いでしょう。後述のようにアドテク系も積極的に博士人材を採っています。
しかも「新卒」博士とは限らないのもポイントです。僕が実際に知っているケースの中には、博士課程を中途退学してIT企業やコンサルに就職したという人もいます。この辺は後述しますが、単純に業界によっては博士人材の「知的労働」適性を高く評価していて欲しがるところが増えてきているという側面も大きいと思います。
ちなみに、僕個人はIT系とコンサル系以外の状況は寡聞にして分かりません。製薬メーカーの博士求人はshrinkしていると聞いたことがありますが、電機系は今でも採っているのではないかと思います(ただし最大手重電以外の各社は軒並み業績不振なので今はどうか分かりませんが)。
ポスドクのケース
ぶっちゃけ、全体として見れば何も変わってないと思います。いや、それは僕が散々見聞して知っているバイオ系に限った話なのかもしれませんが、旧態依然を絵に描いたような状況が続いているようです。
古巣で僕の同僚だったポスドクの人々のうち、産業界に転じた人は多分ゼロです。ではテニュアor任期なし職に就いた人はというと、2年半が経った今もなおかなりの少数派です。40歳をだいぶ過ぎた今も任期付きのポスドクを続けている友人知人がまだまだ沢山います。
実は時々、公私問わずポスドクの企業就職について色々な立場の人から相談を受けることがあるんですが、基本的には全て「肝心のポスドクたち自身が消極的である」ために何も進まず終わっています*5。特に30代半ば以上のポスドクに関して言えば「民間企業こわい」みたいな雰囲気が強く、なかなか積極的に企業に移ろうという人が出てこない状況です。これらの状況を鑑みるに、バイオ系を中心とする多くのポスドク人材の前途はこれまでに引き続いてお先真っ暗なままであることでしょう。
ただ、情報系は別かもしれません。実際、東大の助教を辞してDeNAのアナリストに転じて話題になった方もいる*6くらいなので、本人の意欲次第ではいくらでもチャンスがあるのではないかと思います。
一方で、企業の側もDeNAの例に限らず、ことデータ分析業界においては、意外にもポスドクの採用には積極的です。同じ流れでコンサル業界もポスドクを採用していると聞きます。例えば前職のインターネット広告部門ではポスドク歓迎の求人を打っていますし、他にもアドテク系企業各社では研究開発に様々な分野の博士ポスドク人材をどこも採用していると聞きます*7。
たまたまデータ分析業界が「知的労働」を比較的多く要求する分野である以上、「知的労働」に慣れ親しんだ博士ポスドク人材に食指を動かすのは当然の成り行きだとも言えるでしょう。実は弊社でも博士ポスドク人材には強い関心を持っており、色々な策を打っていたりします。
総論:産業界の多様性が増す一方で、アカデミアでは将来への不安が広がっている
端的に言えば、以下の3点がポイントなのだと思います。ただし産業界サイドの話はデータ分析業界がメインで、アカデミア側の話は情報系とバイオ系がメインなので、話がかみ合ってない気もしますが。
産業界の側の多様性が増した
「多様性」をどう表現するかは難しいところですが*8、徐々に新卒一括採用一辺倒という企業側の採用スタイルが変わってきていて、以前からは想像しにくいルートでの正社員人材獲得が各社で相次いでいるようです。
分かりやすいところで言えば、やはり中途採用の増加が挙げられるでしょう。僕が若い頃*9はまだまだ転職というのはそれ自体がレアケースでしたが、今やIT企業を中心にベイエリアのカルチャーたる転職&中途採用は完全に定着しています。転職紹介サイトやヘッドハンティング業者が隆盛を誇ろうというものです*10。
また、「新卒一括採用のレールから外れた人々」の採用という面でもこれまでにはなかったような動きが次々と見られるようになってきていると思います。前職では若い頃に起業したものの、会社をたたんで正社員として入社してきた人が何人もいました。知人にも起業→廃業→別業種→データ分析業、みたいな人がいたりします。他にも、完全に新卒就活の時期を外して就活を始めた帰国留学生で、何社からも内定をもらった上に、入社を決めたところで内定者バイトとしてずっと働いているという人もいます(既に大学を卒業した後なので4月の正式入社まで間がある)。
今でも相変わらずリクスーを来て没個性なスタイルで画一的に新卒就活に励む学生が多いことはよく承知していますが、その裏側で多様な人材採用が広がっているのは間違いないと言って良いと思います。さもなくば、僕もポスドクを辞めて6月なんて中途半端な時期に前職に入社なんて出来なかったことでしょう(笑)。
産業界に博士人材が活躍できる場が徐々に増えてきた
この辺は前述の通りです。IT業界にせよ、データ分析業界にせよ、コンサル業界にせよ、特に好況の業界で「知的労働」に長けた人材を求める動きは広がり続けています。
既に書いたように、知人の中には博士課程を中退してそのまま新卒として就職したというケースもあります。専門性の高さや知的労働への習熟を買ったのであって、必ずしも「卒業(修了)」しなくても良いという採用ですね。これもまた「ブランド本位」ではなく「実力本位」の人材採用が広まりつつあるという証かと思います。
幸いにして、僕が直接見聞した範囲では博士人材を獲得して「良かった」と語る企業の方が多いです*11。そういう企業では、続けて博士人材の採用を拡大するケースが目立ちます。
アカデミアの側で将来への不安がさらに深刻になってきた
一方、アカデミアの側ではどんどん将来への不安が深刻化しています。直接的にはポスドク問題という極端な就職難状況*12があり、間接的には文科省が管轄する文教行政領域全体で毎年ごとの予算削減が常態化しているという状況があります。特にキャリアという点でアカデミアにとって目下最大の懸案事項は、待遇です。
ポスドクだと、東大ですら税込年俸が300万円台*13だったりします。最近はその「常勤ポスドク」*14のポストも減っていて、非常勤の技術職員や事務職員として食いつなぐ若手研究者も増えていると聞きます。以前の僕の知人にもそういう人が最低でも3人います。なお、無給ポスドク*15として無収入でアカデミアに残る人もいます。これまた、以前の僕の知人にも無給ポスドクを1年続けて、その後有給ポスドクに復帰した人が最低でも2人います。
百歩譲って、そんな待遇も環境も競争もキツいポスドク期間を生き延びて無期雇用の常勤教員になれたとしても、その先に待っているのは少子化で斜陽産業と化した大学業界の悲哀のオンパレード*16。いや、充実した研究者人生を謳歌している人も当然それなりにいるのだろうとは思いますけどね。
僕と同年代の某公立大勤務の准教授の方が給与明細を公開して話題になりましたが、若手*17であれば無期雇用の常勤教員でもお世辞にも好待遇とは言い難い状況でしょう。おまけに震災特例で実施された給与削減策は、財務省から「恒常的に行う」という通告があったと伝え聞いています。
こんなことでは、産業界の方が好況な上にあまつさえ従来とは違って博士ポスドク人材でも採用してくれるとなれば、誰しもそちらに飛びついて当たり前だと思います。そういう流れが、今現在まさに加速しつつあるということなのだと僕は見ています。
え?カネに目がくらんで崇高な学問の世界を捨てて民間企業に就職するなんて志が低いって?いやー、そういう人の方が普通なんじゃないでしょうか。僕自身が志が低いかもなので何とも言えませんが。
最後に
基本的にはここで書いたことは「博士ポスドク人材を雇いたい側」のロジックなので、賛同しない人も少なくないかと思いますが、そういう方はあまり気にせず読み流して下さい。人生いろいろですからねー。ところ変われば話も変わりますからねー。以上、志の低い人間の戯言でした。
*1:もちろんその裏側には「優秀なら是非弊社に引き抜きたい」という下心があります(笑)
*2:戦略コンサルが多いですが、データ分析コンサルへの就職も最近は増えている模様
*3:学生向けセミナーも実はありました
*4:これは僕も相談に乗りました
*5:具体的な相談まで受けて企業への応募の手筈までアドバイスしたものの、そこで梨のつぶてになったというケースも
*6:失礼ながら少しご経歴を調べたんですが、この方僕よりさらにお年嵩なんですね
*7:粒子フィルタを用いた広告配信最適化とか、ソーシャルグラフ分析の高速最適化とかやってるところもありますし。。。
*8:例えば女性や外国人、はたまたハンディキャップを持つ人々などのマイノリティへの門戸が広く開放されているとはまだまだ言い難いところ
*9:この言い方オッサン臭くて嫌だな。。。
*10:おかげさまで弊社の業績も堅調です(笑)
*11:ただしごく少数ながら「失敗した」と語るところもあります
*12:昔は完全にバイオ系の悪名高い専売特許だったはずが、最近では従来職には困らないとされてきた工学系あたりにまで波及しているようです。。。
*13:概して年齢とは無関係だったりする
*14:物凄く自己矛盾している感のある語ですが、実はポスドクにも常勤と非常勤があり、前者であれば社会保険各種に加入できます。が、後者だと。。。
*15:どこの大学・研究機関にも存在する制度で、傷害保険などの手数料を払うことで図書館や施設を利用したり構内に立ち入る権利を得られる
*16:もはや全部あげつらうのも面倒なのでここでいちいち例を挙げるのは避けます:それでも例えば授業料収入の激減、恒常化した予算削減、講義と校務の負担の増加などなど。。。