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大変に面白い記事がしばらく前のHBRに出ていて話題になっていました。筆者は、あのAndrew Ng。機械学習(ML)そして人工知能(AI)の研究者・教育者(Courseraの共同創設者)としてあまりにも有名ですが、Google BrainやBaiduのAI groupやLanding.aiを設立し率いた実務家としても著名です。
その彼が説く「AIプロジェクトをいかにして始めるべきか」論となれば、間違いなく一読の価値があることでしょう。ということで、今回のブログ記事ではそのHBR記事を取り上げることにしてみます。ただしHBRゆえいずれ翻訳記事が国内販売の日本語版で出ることが予想されるため、完全な翻訳を行うのはここでは見合わせます。以前の海外記事紹介の時と同様に、引用は見出しのみに留め、内容については要約とともに僕自身の経験に基づく補足を交えて論じることとします。
なお、原文を読むと分かりますがAndrew Ngは"pilot" projectについて論じています。つまりいきなり本番環境に行くのではなく、その手前の検証レベルでの話をしているという点に注意が必要です。
- うまくいくAIプロジェクトの5つの条件 (5 traits of a strong AI pilot project)
- 手っ取り早く小さい成功を収められる (Does the project give you a quick win?)
- 規模は小さ過ぎず、大き過ぎず (Is the project either too trivial or too unwieldy in size?)
- 業界のニーズに沿っている (Is your project specific to your industry?)
- 信頼できる技術パートナーがいる (Are you accelerating your pilot project with credible partners?)
- 価値を生み出せる (Is your project creating value?)
- AIプロジェクトを成功させるために準備すべきこと (Setting up your AI project for success)
- 補足
うまくいくAIプロジェクトの5つの条件 (5 traits of a strong AI pilot project)
まず、記事の前半では総論としてAIプロジェクトが成功する条件を5項目挙げています。ここでは「AI pilot projectを成功させてAIへのさらなる投資を引き出すため」に何が必要か、という話をしているようです。
手っ取り早く小さい成功を収められる (Does the project give you a quick win?)
何よりも最初に「ML/AIは役に立つ」と周囲に思わせることが必要だ、ということですね。ここでは6-12ヶ月で完了できるような小さいプロジェクトを2-3件進めて、その範囲で手っ取り早く成功体験を周囲に見せることが大事だと言っています。
規模は小さ過ぎず、大き過ぎず (Is the project either too trivial or too unwieldy in size?)
このステップではあくまでも最初の成功体験を周囲に見せることが目的なので、あまり大風呂敷を広げるなという話です。けれども「そんなちっぽけなことにリソースをかけてどうする」と思われてしまわないよう、ある程度は意義ある結果につなげることが肝心です。なお本文ではAndrew Ng自身がBrain teamを立ち上げた頃の思い出話が語られています。
業界のニーズに沿っている (Is your project specific to your industry?)
言い換えると「自分が属する業界のドメインに沿った開発をしろ」ということですね。ここでは例として「医療・ヘルスケア業界の企業でAI×中途採用レジュメ判定なんてプロジェクトを社内で提案してもなかなか賛同は得にくいだろう」ということを言っています。「むしろオーダーメイド医療プラン推薦システムやパーソナライズされた医療アドバイスといったプロジェクトを提案すべき」だそうです。
信頼できる技術パートナーがいる (Are you accelerating your pilot project with credible partners?)
端的に言えば「無理に内製のML/AIチームにこだわるべきではない」ということ。速やかにAIプロジェクトを進めるためには、信頼できる技術パートナーを外部から招くことも重要だということです。
価値を生み出せる (Is your project creating value?)
ここでは一般論として、AIが出せる価値として「コストを減らす」「売り上げを増やす」「新たな商流を作る」が挙げられると言っています。そのいずれかで良いので、きちんとどんな価値が出せるかを示すべきだということですね。
なお、この後に総論的な注意として原文では「『データが沢山あるからAIプロジェクトをやろう』とか『沢山のデータをAI開発チームに任せればきっと何か価値に変わる』などと思ってはいけない」と戒めています。僕自身の経験や伝聞でも「ビッグデータがあるからAIをやろう」と言って開発に着手したものの何も生み出せず失敗に終わったプロジェクトは世の中掃いて捨てるほどあるので、これは肝に銘じるべき言葉だと思います。
AIプロジェクトを成功させるために準備すべきこと (Setting up your AI project for success)
成功するための5つの条件が分かったところで、今度は実際にAIプロジェクトを始めるにはどうしたら良いかという話をします。なのですが、ここでも総論的注意として"You will find that AI is good at automating tasks, rather than jobs"(AIは「職務」というよりは「タスク」の自動化が得意だ)ということを述べています。また例として放射線科医を挙げ、「CTやMRIの読影のような『タスク』の自動化はできても彼らの『職務』全体の自動化は難しい」とも言っています。故に、大事なことは「自動化できる『タスク』を絞り込んでそこにAIを適用することだ」という趣旨のことを説いています。
リーダーを立てる (Appoint a leader)
これは言うまでもないでしょう。往々にしてAIプロジェクトというのはどこの企業でも前例のないものであったりするので、分野・部門横断的に立ち回ることができ、個々の分野・部門のエキスパート同士を橋渡しできて、最終的に社内の他部門全てにAIがもたらす価値を理解させられるような人材をリーダーとして選ぶべきだ、ということです。
「ビジネス上の価値」と「技術的な実現可能性」を事前に確認する(Conduct business value and technical diligence)
当たり前ですが、企業でML/AIをやるならば「ビジネス上の価値が得られること」が第一です。なのでそこを最初に確認しておく必要があります。そして同時に技術的に実現可能(feasible)であることも確認しておかなければなりません。必要なデータはある(or手に入る)のか、そして小さなPoCでも良いのできちんと動くのか、はクリアにしておくべきです。
小さいチームから始める (Build a small team)
ここではあくまでも"pilot" projectを想定しているので、100人以上もいるような大規模チームではなく、メンバー皆が互いにやっていることをほぼ完全に理解できるような5-15名くらいの小さなチームから始めるべき、という話をしています。
チーム外と密にコミュニケーションを取り、アピールする (Communicate)
これは単に他部門と相談したり情報交換したりするというだけでなく、時には社内講演をやったり、社内表彰を狙ったり、はたまた社外向け広報に取り上げてもらう、そしてCEOにも活躍ぶりを認知してもらうというように「アピールする」ことが大事だ、という話です。その上で、協働しているビジネスチームがあれば、彼らのパフォーマンスにAIがどれくらい貢献しているかを分かりやすく示すということも重要だと言っています。ビジネス側でもAIによる成功体験を実感できれば、さらにAIを推進しやすくなるということです。
最後にAndrew Ngは「Google BrainとBaidu AI groupを率いてそれらが後に両社とも最先端AI企業へと変えていった個人的な経験から言えば、多くの企業はAIを物に出来るようになると思う。だが強大なそれらのパイオニアたちに打ち勝とうと思うよりも、むしろ自分たちの業界でAIの第一人者的企業になることを目指した方が良い」と結んでいます。
補足
実は記事の冒頭で、Andrew NgはLanding.aiがリリースしているplaybookをまず読んで欲しいとコメントしています。以下にリンクと目次を引用しておきます。
- Execute pilot projects to gain momentum
- Build an in-house AI team
- Provide broad AI training
- Develop an AI strategy
- Develop internal and external communications
経団連が発表したというAI活用戦略なるものがしばらく前に各種SNSで物議を醸しましたが、むしろこのAndrew NgというML/AIの研究・実務両面における巨人が自ら撰したこのplaybookを読んだ方がよほど有意義だと思われますので、興味のある方はぜひお読みになることをお薦めいたします。英語が苦手という方はTranslateで翻訳してもある程度は読めるかと。