3月にばんくしさんとイベントでご一緒したり個人的に話をする機会*1があったんですが、その際に何度も話題にされていたのが「エンジニア部門やAI部門にビジネス上のレゾンデートル(存在意義)をどう与えるか」というテーマでした。これについては実際にご本人もnoteの記事としてまとめられています。
このnote記事ははてブ数を見るまでもなく各所で多くの議論を呼んだようで、観測範囲ではかなり広汎に分かれた論調が散見されています。そのいずれもそれぞれの界隈*2における実態を反映しているように見受けられ、一口にエンジニア業界・AI業界といってもやはり多様なのだなという感想を持ちました。
ということで既にある程度論点が出尽くしてきた感もありますが、今回のブログ記事ではデータ分析部門の話題に特化した上で、そこに僕の見聞談並びに見解を幾許か付け加えてみようかと思います。ちなみにあまり楽しい話題ではない旨、予め警告しておきます(笑)。
データ分析業界で見聞してきた例
身も蓋もない話で恐縮ですが、基本的に「分析部門やAI部門は作られては必ず潰れるもの」であるというのが僕の11年近い業界経験に基づく経験則です。5年くらい前に以下のような内容を放言しましたが、この構図は今も変わっていないように見受けられます。
業界あるある:業績悪化→偉い人「これからはデータ利活用の時代だ!」→中途採用人材でデータ分析部門が作られる→いざ分析に取り掛かるが環境・組織の壁に阻まれ成果出ず→偉い人「そんな役立たずは要らん!」→データ分析部門解散&人材流出→業績悪化→偉い人「これからは…」(以下繰り返し)
— TJO (@TJO_datasci) 2018年2月22日
つまり、
- 経営陣やトップマネジメントが「データ分析に注力すべき」と何かのきっかけで考え始める
- データ分析部門が設立され、中途採用や既存社員の配置転換で人員が充当される
- 立ち上がったデータ分析部門が頑張って分析業務を遂行するが、経営陣やトップマネジメントから評価されない
- 「こんなはずではなかった、資金とリソースの無駄だ」などと批判され、データ分析部門はお取り潰しに合う
- だがデータ分析部門がなくなったことで、その後新たに湧いてきたデータ分析ニーズに対応できない
- 1に戻る
というような堂々巡りの構図になっているケースが非常に多いということですね。これは企業規模の大小には殆ど関連がないようで、スタートアップでも大企業でも普遍的に聞かれる話です。
例えば、上記のパターンを忠実になぞったある大企業*3のケースでは、最初「社長室直下に肝煎りでデータ分析部門を設置してそこに中途採用で採用した優秀なデータサイエンティストを複数配置する」という形で始まったものの、ほんの数年で「あいつらは実際の業務には何の役にも立たないし単に会社の箔付けのために論文を出させたりセミナーをやらせているだけ」と社内で言われるようになり、最終的に担当役員が退職した上にチームも解散になったという話を伝え聞いています。しかも、その後「やっぱりデータ分析部門は必要だ」という話が社長から出て……という絵に描いたようなパターンを繰り返し、現在は3巡目に入っているという噂が聞こえてきているところです。
ちなみに「担当役員が退職したらデータ分析部門が潰れた」系の話は他にもチラホラ聞いており、興味深いのが「データ分析部門を一手に庇護していたマネージャーが役員に昇進してその役割から離れた途端に他の役員から大ナタを振るわれて部門を潰された」という事例があることですね。直接利害を共にする庇護者がいてこそ維持されるデータ分析部門であり、庇護者がいなくなった途端にお取り潰しになる……という話は枚挙に遑がありません。
また、ある程度条件を絞れば海の向こうでも同じだとすら言えます。例えば、Uberはコロナ禍に伴う景気後退の煽りを受けて自動運転AI部門を解散させていますし、当時同様の理由でデータサイエンティストや機械学習エンジニアをレイオフした海外企業は少なくなかったようです。
上掲の過去記事でも指摘しましたが、身も蓋もないことを言えば「『余興』としてのデータサイエンスやAIにカネを出し続ける企業はない」ということなんですよね。というと語弊がありそうですが、もう少しフォーカスを明確にして「『コストセンター』としてのデータサイエンスやAIは容易に存在意義を失い得る」とすれば、より穏当かもしれません。即ち、事業貢献が不明確な取り組みである限りは「(事業化を目指しているが)まだ事業化できていない」「そもそも最初から事業化する気がない」のいずれであっても、いざ自社の経営が傾いてきたというタイミングで切られてしまいやすい、ということなのでしょう。
亜流としては、先述の例にもあるような「会社の箔付け」とか「自社のテクノロジーに挑む姿勢のアピール」といった目的でデータサイエンス・AI部門が運営されているパターンがあり、これも基本的には「自社の経営が好調なうちは羽振りが良いが経営が傾いてくると途端に潰される」というケースが多いようです。ぶっちゃけ第一次データサイエンティストブームの頃はそういう話を良く聞いた記憶があります。
これらに対して、かなり以前の草創期から連綿とデータ分析部門を維持し続けている企業の例を見ると、ほぼ例外なく「事業貢献が明確化されている」ところばかりであるように見受けられます。例えば、日本のデータサイエンティスト業界では花王が長年データ分析に注力している企業として知られていますが、上記の記事*4からも分かるように、2000年前後から既に事業貢献を強く意識したデータ分析が行われてきており、まさに好例だと思います。
自分が見聞してきた事例
僕が過去の職場にいた頃は、どこもまだまだ2023年現在のように成熟したデータ分析部門があったわけではなく、勿論そのノウハウもあったわけではないので、良かったとか悪かったとか論じるのは難しい気がします。ただ、僕が所属していた個々の部門ではやはりその事業貢献度を「見える化」するのに苦労した記憶があり、あまり居心地の良い感じがしなかったという印象があります*5。
一方で、現職は巨大企業ということもあって大部門ごと・個別部門ごと・さらにはチームごとでだいぶ状況が異なります。例えばプロダクト研究開発の大部門というかSWEというかEngでの状況については、良くも悪くも僕自身が当事者になったことはない*6ので、例えばKazさんのコメントが参考になるかと思います。
Googleにはこの苦難を乗り越えるのに長けた希少なエンジニア達がいて(スタンフォードCS出てるのにMBA取ったとか)、社内ではプロダクトマネージャと呼ばれている。 https://t.co/WtKWgqwAUk
— Kazunori Sato (@kazunori_279) 2023年3月9日
一般にはやはりPMないしそれに類する立場の人間が、エンジニアリングとビジネスとの間を繋いで、開発サイドのレゾンデートルをきちんと確立させるということが重要なのでしょう。
他方で、BizというかSalesというかズバリ広告営業部門に属する僕が日々直面している状況は、遥かにダイレクトといっても良いかもしれません。基本的には「広告主のお客様の事業目標を実現する上で最も貢献度が高く尚且つ効率的な広告マーケティング戦略を提案する」「その一環として自社広告に出稿していただくことを目指す」という確立された枠組み*7の中にMMMなどの統計分析でエビデンスを提供して戦略立案をサポートしていくというものなのですが、これは言い換えると「全ての仕事に対して必ず出稿額=売り上げがつく」ということでもあります。
僕の所属は建て付けとしては「営業部門の中のデータ分析チーム」であり、当然僕を含めチーム全員が手掛ける仕事には必ず売り上げがついて回ります。故に、いかなるデータ分析業務についても例外なく「売り上げがどれくらいになった(なりそう)かをtrackする」のが組織としての最優先事項になっており、その数字をどのような形でトップマネジメントにコミュニケーションするかという点も常に強く意識されています。
この辺は研究開発系の分析チームとは全く状況が異なるので単純比較は出来ませんが、実際問題としては例えば僕がたまたま手に入ったデータで何かこれまでになかったタイプの新たな分析アプローチを試してみようとした場合、ちょっとやってみていざ面白いことが出来そうだとなったところで真っ先に「それはどういうビジネス貢献が可能か?」という問いを投げかけられるのが常態化しています。極端な言い方をすると、分析チームの一員としての一挙手一投足全てにビジネス貢献の有無を問われているといっても過言ではない気がします。それは、どストレートな言い方をすれば「面白い分析・技術テーマであってもやらせてもらえ続けるかどうかはビジネス貢献次第」ということでもあります。もっとも、それはやはり「営業部門の中の分析チーム」なればこそであり、それ故にレゾンデートルの与え方にも慣れている、と言えるのかもしれませんが。
冒頭にリンクしたばんくしさんのnote記事中において、
エンジニアは残念ながら多くの場合、ビジネス職に比べて所謂狭義の経済行為の渦中に居る時間が短い(広義では居ると言えるかもしれないが)当然だ。ビジネス職が営業や責任者をやる中で新卒から長い時間を掛けて顧客に触れてお金に触れてビジネスマンとしてプロに育っていく中で、多くのエンジニア職はそうではない(エンジニア職、ビジネス職といっても様々ではあるしバックオフィスなども含めると複雑になるがここでは安易に表現する)。この差は大きくて、エンジニアが強く大きな価値と考えているビジネス貢献、事業貢献が、プロのビジネスマンから見て小さいなんてことはよくある事だと思う。
と書かれていますが、僕の現在の立ち位置だとズバリ「ビジネス職と完全に並走してデータ分析職をやっている」状況で、「所謂協議の経済行為の渦中にどっぷり浸かっている」に等しいとすら言えるのでしょう。一方で、かつて僕自身がそうだったように、研究・開発・技術畑どっぷりというキャリアのデータサイエンティストやエンジニアが「ビジネス職から認められるようなビジネス貢献・事業貢献を自ら打ち出す」というのは、依然として非常に難しいままのように思えます。何だかんだで、営業部門に7年いる僕自身でもそれをやるのは難しいと感じ続けていますので……。
もっと一般的な技術部門と何が違うのか
ところで、ばんくしさんと意見交換していて出てきた論点として「じゃあ例えば普通のバックエンド・フロントエンド・インフラといったエンジニアリング部門でレゾンデートルを問われることはあるんだろうか?」というものがありました。
これに対しては時代を遡ればそういう頃もあったという話が出てくるのかもしれませんが、少なくとも2023年現在ではそういうことはないように観測しています。それは、特に実ビジネス事業の多くがオンライン化している現在においては「システム・サービス・アプリそのものの維持」がそっくりそのまま事業継続性に直結することが多く、事実上その開発・メンテナンス部門という存在自体が事業にとって不可欠だからなのでしょう。
ただしその在り方については、いわゆるテクノロジー業界におけるそれと、いわゆるSIer業界におけるそれとでは、かなり様相が違うのではないかと考えています。
それはしばらく前にQuora回答に書いた通りで、前者が「ソフトウェアを作りながら同時にリリースもして試行錯誤しながら常にアップデートし続ける」世界である一方で、後者は程度の差はありながらも「一度完成度の高い大きなものをきっちり作ったら後はメンテするだけ」の世界であることが多く、自ずと一般的なエンジニアの存在意義のありようにも差があるだろうと思われます。とはいえ、「何の前触れもなく急にバックエンド・フロントエンド・インフラ系のエンジニア部門が消滅する」ということは比較の問題で言えば少ないのではないでしょうか。
結局、明示的な事業貢献とコミュニケーションこそが身を助く
……ということで、結論から言うと上記の節見出しの通りなのだと思います。「明示的な事業貢献」と「コミュニケーション」が大事だなんて分かり切った話だと怒られそうですが、詰まるところそういう常識のような話に帰着するんですよね。
少なくとも僕個人の現在の立場においては「自分自身(そして協働する他メンバー)のデータ分析結果がどのようなプロセスを経てどれくらいの金額の売り上げに繋がっているか」を的確にマネジメントレベルに対してコミュニケーションすることがほぼ全てであり、極端な言い方をすればそれをそのままjob securityに繋げようとしているとすら言えると思います。そして、そこには費用対効果(ROI)の観点も加わることが多いです。即ち、これだけの顔ぶれのデータ分析部門が雁首を揃えてやるだけの価値がある分析を本当に出来ているのか?ということも問われるという話ですね。
この点については、冒頭のnote記事を書かれたばんくしさんがイベントの楽屋で談笑していた時に話されていた「昔の職場には『この技術的取り組みの価値は〇〇億円あるんですよ!』と社内のあちこちで言って回っている技術側のお偉いさんがいた」という話*8にも通じると思っています。つまりここには2つポイントがあって、
- 実際に売り上げや利益といったビジネス観点でROIの高い仕事をデータ分析部門がしっかりやる
- そのROIがどれくらい経営方針に沿った素晴らしい成果であるかをトップマネジメントに宣伝する役割の人を必ず置く
ということなのではないかと。ここで厄介なのが、1の方はデータ分析部門自身でもそれなりに舵取りできる一方で、2の方はばんくしさんのnote記事でも書かれているようにデータ分析畑でそれをやれる人は殆どいないということなんですよね。なので、データサイエンティストでビジネスにも積極的な人を抜擢して2の仕事をやってもらうか、さもなくばビジネス畑バリバリで尚且つデータ分析で価値を出したいという人を探してきて2の仕事をお願いするか、のいずれかを選ぶ必要がありそうです。
AI七つ道具:
— TJO (@TJO_datasci) 2019年3月13日
1. Python
2. Anaconda
3. TensorFlow (+Keras) or PyTorch or Chainerのいずれか
4. GPUインスタンス
5. BigQueryなど速くて便利なDB
6. arXiv
7. 社内政治に強い相棒
ちなみに4年前に「AI七つ道具」と称してこんなことを放言しましたが、観測範囲で最も支持を集めたのはやはり「社内政治に強い相棒」でした。上記の2の役割の人がいかに重要かということが良く分かるエピソードだと思っています。
後は、色々なところで指摘していますがそもそも論として「ビジネスの課題を適切にデータサイエンスの課題に変換できているかどうか、そしてそれを正しく解けて、正しく元のビジネス空間に返せるかどうか」という問題があります。これについては全く同じ議論が先日ご恵贈いただいた『評価指標入門』でも展開されているので、興味のある方は是非ご一読ください。個人的な意見としてはひたすら経験を積むしかこれを身につける術はない気がしていますが、同書ではこれを体系化する試みがなされています。
以上の指摘に当てはまらないデータ分析部門としては、先述したような「会社の箔付け・アピールのため」の部門という存在があり、どういう力学か分かりませんが連綿とそういう部門を維持し続けている企業や業界というのが一定数あったりします。けれども、それはやはり当事者たる企業の経営が好調で資金・リソースに余裕があるということが前提であり、そうでなければ潰れがちというのはUberの自動運転AI部門の例で見た通りです。
ちなみにそのお取り潰しに遭ったUberの自動運転AI部門ですが、実はコロナ禍から経済が回復してきていた2022年10月時点の報道では再開設するという話が出てきています*9。これを見れば分かるように、やはり経営的に余裕がない限り「投資的な(まだ事業貢献化出来ていない状態の)データ分析部門」を存続させるのは難しいのでしょう。
そういうわけで、あまり明るい話題でもなければ答えを明確に出せる問題でもないので、まずはデータ分析職やエンジニアの人々は「社内政治やビジネスに強い相棒」を上手く探してきて、タッグを組んでjob securityを確保することで、何とかしてこの景気後退の時代を生き残りましょう、ということで……お粗末様でした。
(Top image by Arek Socha from Pixabay)
*1:イベントの打ち上げも兼ねて銀座で飲み会をやったの意
*2:「業界」よりも狭い、ぐらいのイメージ
*3:勿論社名は断じて明かせませんが、誰もが知る超有名企業です
*4:余談ですが記事中でインタビューされている佐藤さんとは僕がTokyoRに頻繁に参加していた頃は良く興味深い議論をさせていただいたものです
*5:他の部門では事情が異なっていたことが多い旨付記しておきます
*6:ただしPM / GPLと折衝したことは何故か何度かあります
*7:勿論断じてevilなことはしないという制約の中で進められます
*8:多分同じ話がばんくしさんのnote記事にも書かれていると思ったらそのものズバリの記述がなかったので勝手に僕の方で補完してます、間違っていたらご指摘ください
*9:https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-10-06/uber-self-driving-taxis-new-partnership-could-ferry-riders-as-soon-as-this-year